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1-15 どこかにいい場所は

お昼のチャイムが鳴った。 「めぐむ、お昼たべよう!」 ジュンが声をかけてくれる。 僕は、うん、と頷く。 雅樹は、今日も学食へ行くようだ。 僕は、雅樹を目で追うのをあきらめジュンに視線を移した。 9月も半ばを過ぎた。 なのに、まだまだ暑い日が続いている。 最近、雅樹は部活で忙しい。 バスケ部では冬の大会の予選が始まるということで、本格的な練習がスタートしているらしい。 だから、最近は雅樹にちっともかまってもらえていない。 はぁ。 僕は、溜息をついた。 「どうしたんだよ、めぐむ。溜息なんてついてさ」 「えっ? 僕、溜息ついてた?」 ジュンはお弁当箱を開けて、いただきますをした。 「溜息なんてつくと、不幸になるよ」 「そっ、そうだよね。気を付けるよ、ジュン」 僕もお弁当を広げた。 今日はおにぎりか。 一口かじる。 あっ、具は鮭だ。やったね。 僕がそんな小さな幸せに浸っていると、ジュンが話始めた。 「ねぇ、聞いてよ、めぐむ」 「ん? どうしたの」 「実はさ、昨日、片桐先生と偶然会ったんだ。美映留中央の駅ビルの本屋で」 「えっ、ほんと? すごいね」 「びっくりしたよ。ほら、先生って車通勤でしょ? まさか、駅ビルにいるとは思ってもみなかった」 「それで、お話はしたの?」 「うん。ちょっとね……」 ジュンは、照れながらも嬉しそうな顔をする。 「へぇ、どんな? 教えて!」 僕はジュンをいじるように尋ねる。 「やっぱり、数学の授業の話?」 まさかオカルトの話だったりして……。 「それがね、ファッションの話」 「えっ、ファッション? 片桐先生と?」 「うん。ちょうど先生がファッション誌を立ち読みしているところを見かけて挨拶したんだ。片桐先生の普段着ってすごくお洒落なんだ」 「えーっ、意外。スーツの印象しかないや」 「ここだけの話。先生、めちゃめちゃカッコいいから」 「ははは。じゃあ、ここだけの話にしておくよ。ふふふ」 ジュンはかわいいな。 片桐先生のことになると、ひいき目を通り越して盲目になってしまっている感がある。 でも、片桐先生の普段着かぁ。 まったく想像できない。 それでも、うっとりと思い出しているジュンを見て、どんな姿なのか興味をそそられる。 「あそこの本屋によく来る、って言ってた。ボクもこれからはちょくちょく行くことにするんだ。二人だけの秘密のあいびき場所って感じでしょ? ふふふ」 「あいびきかぁ。いいなぁ」 ん? あいびき! そっか、僕も雅樹とあいびきできる場所を探せばいいんじゃないか。 それは、気が付かなかった。 こんなに広い学校の中。 どこかに、人目を避けて二人っきりになれる場所があってもおかしくない。 お昼ご飯を食べた後、僕はさっそくメールを打った。 『ねぇ、雅樹……』 放課後になった。 僕は帰り支度をする雅樹に目で合図を送り、一足先に昇降口へ向かう。 スマホの履歴をさり気なく読む。 『ねぇ、雅樹、今日って上級生は学校説明会だよね? 終わるまで自主練?』 『そうだけど』 『じゃあさ、部活が始まる前に会おうよ』 『学校でか?』 『うん。それで、二人っきりになれる場所を探したいんだけど』 『見つかるかな?』 『きっと、見つかるよ。僕は、もう我慢できないんだから』 『何を我慢できないの?』 『もう、いいでしょ。とにかく、いいね』 『わかったよ。で、俺はどこに行けばいいんだ?』 『雅樹は校内を探して。僕は、外を回ってみる』 『オーケー。じゃあ、後で連絡を取り合おう』 そこまで読んで、スマホを胸に押し当てる。 よし、さがすぞ! 僕は靴を履き替えて外に出た。 さてと……。 まずは、中庭方面に向かう。 一番最初に探すところはすでに決まっているんだ。 雅樹に最初に呼び出されたところ。 花壇奥の繁みは、秘め事をした場所だ。 あそこら辺は、穴場だから誰もいない可能性が高い。 いきなり探し終えてしまうかも! うふふ。 僕は、胸を躍らせた。 途中、体育館へ向かう上級生達の姿が目に入った。 今日は、体育館で受験関連のオリエンテーションがあるらしい。 またと無い、チャンスなんだ。 このチャンスを是非ものにしなくては……。 スマホを見ると、雅樹から着信があった。 『屋上に行ってみる』 『わかった。僕は中庭に向かっているよ』 返信を送る。 屋上か。 人気だから、難しいかも。 いや、まてよ。 今は、上級生がいないから意外と大丈夫? まぁ、なんにしても早々に見つかりそうだ。 僕は中庭に入っていく。 僕は目を見張った。 中庭には、ジャージ姿の生徒達が柔軟体操をしていたのだ。 あぁ、しまった。 明らかに、体育館を使う部活動の人達。 つまり、体育館をオリエンテーションで使われているから、終わるまでここで自主練をしよう、ということのようだ。 僕は肩を落とした。 さっそくメールを打った。 『中庭はダメだった。自主練している部活動の人達がいる』 『そっか。こっちも駄目だ。鍵がかかっていて屋上に出られない』 雅樹からの返信。 そういえばちょっと前に屋上の解放はお昼休みだけ、っていう連絡が回っていたような気がする。 残念。 すぐさま、雅樹からの着信。 『次は、移動教室にいってみる』 僕はどこに行こうかな。 『とりあえず、校舎をぐるりと回ってみるね』 そう返信を打った。 僕は気を取り直して歩きだした。 校舎の裏手に入ろうとしたとき、はっ、と閃く。 「あっ、そうだ。プールの裏側ってどうなっているんだろう?」 もう、時期的にプールの授業は終わっている。 だから、誰も来ないはず。 もしかして、いい穴場を見つけちゃったかも! 僕は、ウキウキしながら、踵を返してプールへと向かった。 プールは、植え込みに囲まれていて、その外側はフェンスが張り巡らされている。 学校の外部から見えないように工夫されている造りだ。 植え込みの間にスッと入ることができる。 プールの裏手まで行けば、誰にも見られないだろう。 これは、絶好の場所と言ってもよい。 「あーあ、だけどなぁ」 僕はぼやいた。 そうなんだ。 まだ、水泳部がプールを使っているのだ。 いまも、バシャバシャ、水を叩く音が聞こえてくる。 こんなところにいることがバレたら、覗きと勘違いされるに決まっている。 僕がメールを打とうとしたら、先に雅樹から連絡があった。 『LL教室も、情報処理室も駄目だった。あと、理科室、美術室、音楽室、家庭科室は、部活で使用中』 雅樹の方も空振りか。 僕は返信を打つ。 『プールに行ったんだけど、覗きと間違えられそう』 いよいよ厳しくなってきた。 次は時間からいってラストになりそう。 もう、なりふり構っていられない。 『僕は最後の切り札。裏門にいってみる』 『俺はそうだな。上級生の校舎の非常階段にいってみるよ』 裏門横の校舎の影は、定番の告白スポット。 だから、絶好の場所のようで、人気という、まさに諸刃の剣。 伸るか反るか。 僕は、緊張しながら裏門へ向かう。 どうか、誰もいませんように……。 雅樹の方はどうだろう。 上級生の校舎ならワンチャンありそう。 裏門に着いた。 そして、そっと校舎の裏手をそっと覗く……。 あぁ、やっぱりか……。 目の前には、男女の姿。 「みんな考えることは同じかぁ」 しょうがないと思うけど、やっぱり悔しい。 悔しさついでに、告白が成功なのか、失敗なのか見届けようと思い立った。 告白したてなのだろうか? 二人は一定の距離を維持したまま立ち尽くしている。 声は聞こえない。 どうやら、女子からの告白のようだ。 いま、まさに男子が答えようとしている。 こっちがドキドキする。 どうなんだろう。 男子が何か答えたようだ。 どっち!? その瞬間、女子が男子に抱き着いた。 幸せのオーラが振りまかれる……。 あーあ。告白、成功か。ちぇっ。 はっとした。 僕って性格悪いな。思わず自嘲する。 そんな僕に当てつけをするかのように、二人はキスを始める。 はぁ。 僕はうなだれながらその場を離れた。 『雅樹どうだった? 僕の方はだめだった』 しばらくして雅樹からの返信。 『こっちも、駄目だ。非常階段は、吹奏楽部が個人練習に使っていた』 万事休す。 僕は溜息をついた。 メールを打つ。 『雅樹、残念だけど今日はあきらめるよ』 『了解、カバンを教室に置きっぱなしだから戻るよ』 『わかった、僕も戻るね』 教室に戻ると、雅樹が先にいた。 雅樹はやさしく「おかえり」と声をかけてくれた。 僕は「ただいま」と返す。 「もう、ひどいんだよ!」 僕は、さっそく文句を言いながら、まわった場所について、軽く補足説明をした。 タイミングさえ合えば……。 そんなことが悔やまれる。 「雅樹、神様が二人きりになるな、って言っているみたい」 「元気だせよ。週末は休みが取れると思うからさ」 「うん。分かった。今日は、わがままを聞いてもらって、ありがとね。雅樹」 「ううん。気にするなって」 僕は、週末まであと何日だっけ? とカレンダーを思い浮かべていた。 雅樹は、言った。 「あれ、ちょっと、まって。いま二人きりじゃない?」 僕は、はっとした。 教室を見回す。 僕達だけ。 「たしかに……」 雅樹と目が合う。 「あははは」 「ははは」 二人して笑った。 「なんだ、めぐむ。神様はちゃんと見ていてくれているじゃないか? ははは」 「うん。神様ごめんなさい」 再び笑う。 「あー、笑った。ところで、めぐむは二人きりで何がしたかったんだ?」 「わかっているくせに!」 僕は、雅樹に飛びついた。 そして、すぐさま唇を重ねる。 雅樹は、しっかりと僕を抱きしめてくれる。 嬉しい。 うん、これで週末までなんとか頑張れそうだ。 そんなことを思ったのもつかの間。 舌を激しく絡ませ合ううちに、頭がボォっとしてくる。 「雅樹……」 やがて、快楽の中へと溺れていった。

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