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1-16-1 日常の中の奇跡(1)
もし奇跡があるのか? と問われたら、僕はあると答える。
奇跡なんて信じないよ、という人もいる。
そんなのは、まやかしだよ、と否定する人。笑う人もいる。
でも、僕は絶対にあると思う。
それは、僕に起こったことだか……。
奇跡としか言えないこと。
一つ目は、初恋の人に再び巡り会えたこと。
二つ目は、その人と付き合うことができたこと。
三つ目は……。
昼下がり。
僕と雅樹は、ショッピングモールのレストラン街にある、とある甘味処に来ていた。
何故、この店に来ているかというと、今日は僕の誕生日のお祝いデート。
だから、僕のたっての希望なのだ。
だけど……。
お店に入って席に案内されると僕は早々に後悔した。
「やっぱり、ちょっと浮いちゃているね。ごめんね、雅樹」
「大丈夫。平気、平気!」
おかしいな。
和の店だから男性客もそれなりに入っていると思ったけど、周りは女性客ばかり。
だからちょっと居心地が悪い。
僕は雅樹に申し訳なく思った。
とはいえ……。
メニューを見ると、それはそれ。
テンションがみるみるうちに上がってくる。
「何にしようかな……美味しいそうだな……ちょっと待てよ。こっちかな」
僕が「よし決めた!」と言った時に、雅樹がニヤニヤして僕を見ていたのに気がついた。
「あはは、やっぱりここに来てよかったな、めぐむ」
雅樹の笑い声。
恥ずかしい……。
でも、いいんだ。
僕はすっかり吹っ切れていた。
我ながら、現金なものだ。
しばらくして、注文した白玉あんみつがきた。
あぁ、美味しそう。
僕は早速スプーンを手に取る。
でも、すぐに雅樹に止められた。
「ちょっと待って、めぐむ。今日は、めぐむの誕生日のお祝いだろ。ここは俺に任せろよ」
「えっ?」
何を任せろっていうんだろう。
僕は不思議そうにしていたが、すぐのその意味がわかるはめになる。
「おい、めぐむ。もっと口を開けて。あーん!」
「ちょっと、雅樹。恥ずかしいよ……」
雅樹はスプーンに白玉を乗せて、僕の口元で待ち構える。
「何言っているんだ。俺は、めぐむに食べさせるまでやめないぞ!」
「もう!」
僕は雅樹を睨む。
雅樹はそんな僕に気にする様子も無く、早く、早くとせかす。
「もう、どうにでもして!」
そんな僕を見た雅樹は、ニコニコしながら手を伸ばす。
「あーん!」
「あーん。はむっ!」
周りからはチラチラ見られている視線。
まったく恥ずかしったらありゃしない……。
でも……。
口の中に広がる黒みつの濃厚な甘さともちもちの食感。
ああ、美味しい!
にんまり。
「美味しい?」
「うん。美味しい。幸せ!」
「だろ?」
雅樹は美味しいのは自分のおかげだとでも言いたそうだ。
「でも、はずかしいからやめて!」
「ははは。そう言うなって。誕生日だろ。このくらい当たり前だよ」
「そんなことないから。ただでさえ、男同士ってことで浮いているのにさ。あーん、はさすがに」
「まぁまぁ、誕生日だから特別だよ。俺だって恥ずかしいんだぞ!」
「本当?」
「本当さ」
雅樹の嘘なんて直ぐに分かる。
「なんか、楽しんでいるでしょ? 僕が恥ずかしがるの」
「まぁな。ははは」
「もう。ふふふ」
美味しくてあっという間に完食。
僕は余韻を楽しみながらお茶を飲む。
あともうちょっと、というお預け感がまたいいのだ。
「なぁ、めぐむ。一緒に食べれるのを追加して頼んでいい?」
「うん。いいよ」
雅樹は物足りないみたい。
まぁ、そうだよね。
僕にちょうどいいぐらいの量なんだもん。
「うーん。どれがいいかな」
雅樹はメニューをペラペラめくりながら唸る。
僕はお茶をずずっと飲みながらその様子を見ている。
雅樹のウキウキが伝わってくる。
子供みたいな無邪気な雅樹。
そんな雅樹を見守る僕。
あぁ、ほのぼのするな。
クスッ。
思わずほほ笑みが漏れる。
「よし。決めたぞ!」
雅樹はようやく決断したようだ。
メニューを僕の方に差し出し指差す。
「めぐむ王子! こちら注文してよろしいでしょうか?」
へ?
王子?
変なお誕生日設定キター!
しょうがないな。
乗ってあげるとするか。
で、何を選んだのかな?
抹茶のフレンチトーストか。
うん、中々のチョイス。
おいしそうだ。
「うむ、くるしゅうない。セバスチャン、そちに任せる!」
「ははあ、殿の仰せのままに……」
沈黙。
そして、目が合う。
ぷっと噴き出す。
「あははは」
二人して大笑い。
そして、周りの視線に気づき、シーっと指を口に当てる。
「なんだよ、めぐむ。セバスチャンって。それ、執事だろ? お嬢様とセットの? ははは」
「雅樹だってさ、王子っていっているのに、殿って変じゃない? キャラ設定ブレブレだよ。クスクス」
あぁ、可笑しい。
雅樹の楽しそうな笑顔を見て僕は幸せな気持ちで一杯になった。
雅樹は、手を上げて店員さんを呼んだ。
そして注文を告げている。
そんな中、ふと、隣の席の話し声が耳に入ってしまった。
「初々しいカップルよね」
「彼氏さん、彼女に夢中って感じ」
「ほんと。可愛い二人。ほのぼのするわね」
かっ、彼女?
僕ってもしかして、女の子に見られているの?
まぁ、こんな店なんだからカップルと思われちゃうのも、仕方がない。
けど……。
僕はため息をついた。
注文を終えた雅樹が僕の様子に気がつく。
「おい、めぐむ。どうしたんだ。元気ないぞ?」
「え? ううん。なんでもない」
「そうか? それなら良いんだけど……」
雅樹は怪訝そうに表情を曇らせたが、すぐに表情を明るくさせた。
「そういえば、さっきのウエイトレス。俺たちの会話を聞いていたみたいで笑うの我慢していたぞ」
「うん。知ってる。ふふふ。可笑しいよね」
「今度は、もっと面白い話してやろうぜ」
「もう、そんなサービスしなくていいの!」
「ははは」
お会計を済ませ、店を出た。
僕は軽く伸びをした。
大満足。
「あっ、そうだ!」
雅樹が閃いたように言った。
「服欲しいなって思っていたんだ。付き合ってよ、めぐむ!」
「いいよ!」
雅樹がお気に入りのカジュアル服のショップにやって来た。
店頭のディスプレイには冬服がずらりと並んでいる。
ダウンやコート、それにセーター。
もうこんな季節なんだ。
雅樹はキョロキョロしながら言った。
「厚手のパーカーが欲しいんだけど……」
「じゃあ、奥かな?」
秋冬物のコーナーに向かう。
「雅樹、あったよ! パーカー。あっ、セールになっているよ。良かったね」
「よっしゃ! でもサイズが残っているか心配だな」
雅樹はさっそく、ベーシックなフリース生地のパーカーを手に取り試着する。
「これ、どうだろ?」
僕は雅樹の全身を眺める。
雅樹は長身というのもあって、どんな服でもたいていは似合ってしまう。
「うん。いいと思うよ」
「こっちの色の方がいいかな」
雅樹は色違いを手にする。
「そうだね。そっちの方が色んな服に合わせやすそう」
「よし、サイズがあるか聞いてみよう。すみませーん!」
近くの棚を整理していた店員さんを捕まえた。
「いかがしましたか?」
「あの、これの大きいサイズはありますか?」
「そちらの色で大きなサイズですね。在庫を確認してきます……」
店員さんは手元のメモ帳に何やらささっと書くとバックヤードの方へ向かっていった。
「あるといいね」
「ああ、ところで、めぐむ」
「何?」
「ポケットに手を入れてみて。暖かいから」
雅樹はパーカーのポケットを差し出す。
僕はスッと手を突っ込む。
「あっ、本当だ。暖かい!」
「だろ?」
中はふかふかのムートンのような肌触り。
これなら少しぐらい寒くたってポッカポッカだ。
えっ?
そこへ、雅樹も自分の手をポケットに入れてきた。
「雅樹?」
雅樹を見上げる。
雅樹は僕の顔をニッコリとしながら見ると、ポケットの中で強引に僕の手を繋いきた。
「ちょっと。まずいよ。こんなところで!」
「平気だって」
「離してよ!」
僕は手を引き抜こうとする。
でも、ギュッと握った雅樹に手に抑えられ抜け出せない。
「せっかく繋いだのに。ケチ」
「ケチって。ほかの人に見られでもしたら……」
「あの、商品をお持ちしました!」
「あっ、はい!」
僕と雅樹ははっとして手を引っ込めた。
店員さんは心なしか、口元に笑みが浮かんでいる。
見られた!?
手を繋いでいるところを……。
ちょっと気まずい空気だったけど、店員さんは、直ぐに別のお客さんに呼ばれて去っていった。
僕はそれを見送って雅樹を軽く叩いた。
「もう! 恥ずかしかった」
「ははは。大丈夫だって。ちょっと、じゃれていただけだろ」
「でもさ……もう!」
雅樹は色違いを試着してみせた。
後ろ姿を確認する。
「カッコいいよ! 雅樹。うん。そっちの方がいいね」
「そっか。めぐむがそう言うなら、これに決めよう!」
雅樹は満足そうな顔をした。
「よかったね、いい買い物出来て!」
いいなぁ。
雅樹に刺激されて、すっかりと購買欲が刺激されてしまった。
「僕も服が欲しくなってきちゃった。ジーパン欲しいんだ」
「ちょっと見てみれば?」
「うん。そうする」
ちょうど店員さんが近くにきた。
「すみません。ジーパンをみたいのですが……」
「はい。こちらへどうぞ!」
僕は店員さんの後についていく。
「この辺がお客様に合うかと思いますが……」
僕は店員さんが指差した商品棚を見た。
「はぁ」
ため息をつく。
どう見てもレディース。
「そちらに女性専用のフィットルームがありますので、お気軽にお声をかけてください」
「……はい」
店員さんに他意はないんだ。
ごく普通に案内をしてくれただけ。
文句を言ってもしようがない。
僕はおとなしく、数着のジーパンを手に取り、選ぶ振りをした。
そしてノコノコと雅樹のところへ戻った。
雅樹はシャツを見ていたようだ。
僕が戻ると、「買えた?」と聞いてきたので首を横に振った。
「はぁ、素で女の子に間違えられた。なんだよな。もう。ショックだよ」
「そう気にするなよ、めぐむ。元気だせって」
雅樹はそう言うと僕の頭に優しく手を乗せた。
「はぁ」
思わずため息が漏れる。
そんな僕を見て雅樹は何かを思いついたような声を上げた。
「わかったぞ!」
「何が?」
「多分、今日のファッションのせいだよ。今、オーバーサイズのメンズを着るの流行っているからさ」
雅樹はファッションに詳しい。
だから、本当なのだろう。
僕は近くの鏡の前に立つ。
「なるほどね。確かに、今日は少しゆったり目の着こなしではあるけど……」
僕のサイズに合うメンズは少ない。
だから、以前、雅樹が教えてくれたように最近ではユニセックスかレディースのボーイッシュを選ぶようにしている。
でも、今日はしっかりメンズを着てきた。
それが逆に裏目に出てしまったのかも……。
「うんうん、さすがめぐむ。おしゃれだな」
「おしゃれ?」
「ああ、センスあると思うよ」
何かくすぐったい。
でも、言われて悪い気はしない。
「そっ、そうかな。えへへ」
「よっ! ファッションリーダー!」
沈黙。
「雅樹! 今なんかバカにしてない?」
「えっ、まさか……」
雅樹はしまった、言い過ぎたか、という表情をして口元に手をやる。
僕は頬を膨らませて雅樹をじとっと見つめた。
「機嫌直してくれよ。悪かったよ……」
僕は直ぐに笑顔になる。
「ふふふ。嘘。全然、怒ってないよ!」
「そっか。よかった。冷や汗かいたよ。ははは」
雅樹が悪気はない事は知っている。
雅樹は、僕の容姿を「女の子みたいだ」とは絶対に言わない。
からかったり、茶化したりもしない。
僕がコンプレックスを持っていることを知っているから。
そんな、雅樹の気配りで僕はいつも救われているんだ。
雅樹、慰めてくれてありがとね。
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