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1-16-3 日常の中の奇跡(3)
「あれ、お前たち何しているの? そんなところに寝そべって」
拓海さんの第一声。
「あっ、ゲーム。そう、ゲームのコントローラを探しているんだよ。テーブルの下にないかなぁ、っと」
ああ、もう!
雅樹ったら、ごまかし方、超下手!
こんなんじゃ、バレちゃうよ。
僕は、ぎゅっと目をつぶった。
でも。
こうなったら、もうやけくそだ。
話を合わせて、探している振りをする。
「雅樹、ベットの下もなさそうだよ」
「そうか、どこにいったんだ。おーい。コントローラーくーん」
ぶっ!
なに?
コントローラー君って。
僕は笑いをこらえるのに必死になった。
体が、プルプルしてくる。
「おいおい、テーブルの上にあるのは違うのか?」
拓海さんはテーブルを指差した。
しどろもどろな雅樹だけど、奇跡的にも、拓海さんは気付いていない。
「あれ! 本当だ。こんなところにあった!」
なっ、なに、そのわざとらしいセリフ。
雅樹のビックリしたな! のリアクション。
ぶっ!
だめだ。
もう、吹き出しちゃう。
「やれやれ。変な奴ら。じゃあな」
そう言うと、拓海さんはギターを手に持ち部屋から出て行った。
「ぷぷぷ、あははは」
僕は堪りかねて吹き出した。
可笑しい。
可笑しくてお腹がよじれそうだ。
「おい、めぐむ。そんなに笑うなよ。俺だって必死だったんだぞ」
「そうだよね。ぷぷぷ。ごめん。ぷぷぷ」
「あーあ。まったく、めぐむは。あはは」
雅樹も笑い出す。
あぁ、楽しい。
僕達はしばらく大笑いをした。
雅樹は僕に例のコントローラー君を渡す。
「ねぇ、ゲームでもしようか?」
「そうだね」
さっきのいい感じの甘い雰囲気はすっかり何処かへ行っていた。
だからちょうどいい。
ここは雅樹と思いっきり遊んじゃおう。
雅樹は割と有名なレースゲームを提案してくる。
「へぇ、いいよ。雅樹。負けないから!」
「よし! 勝負だ、めぐむ!」
接戦のうちに最終ラップ。
「お先に!」
雅樹のマシンが僕のマシンの横をスッとすり抜ける。
「あっ、待ってよ!」
だいぶ差が付いて見えなくなってしまった。
テクニックは雅樹の方が上。
でも、まだまだ諦めないよ!
くるくる回るアイテムボックス。
さぁ、何がでるかな?
やった。一番ほしかったアイテムだ。
よし、使っちゃおう!
アイテムを使うと、僕のマシンはキラキラ光りながらスピードが上がった。
どんどん追い上げる。
一位を走っていた雅樹のマシンが見えた。
よし!
「踏んづけけちゃうよ。どん!」
雅樹のマシンはぺちゃんこ。
「うわぁ、なんてことするんだ、めぐむ!」
僕のマシンはそのまま一位でゴール。
「めぐむ、ありゃ、ひどいな。ビリになったじゃないか!」
「僕の勝ちだね。あはは。楽しい」
何回かプレーして、勝敗は五分五分。
好敵手。
手加減無しの接戦が一番楽しい。
ふと、僕は時計と見た。
そろそろ時間だ。残念。
「雅樹、もう帰らなきゃ」
「もう、そんな時間か……」
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
「今日はありがとう。雅樹」
「こっちこそ。駅まで送るよ」
「うん」
僕は立ち上がってカバンを持つ。
「めぐむ、ちょっと、まって!」
雅樹は僕の肩に手をおき、唇に軽くチュッ、っとキスをした。
「行こう」
「うん。行こう」
雅樹の家から駅までの道のりは、すこし遠い。
でもいまはそれが嬉しい。
すこしでも、一緒にいられるのだから……。
あぁ、そうだ。
せっかくだから、と僕は雅樹に提案する。
「ねぇ、雅樹」
「なに?」
「東小の前、通っていかない?」
「美映留東小?」
「うん」
「オーケー」
雅樹は快諾してくれた。
こっちだよ、と脇道に入った。
美映留東小学校の正門前。
今日は休日。
でも、子供たちの声が聞こえる。
少年サッカーチームの子供たちがグランドを使っているようだ。
僕はゲート越しに校舎を眺める。
変わってないな。
たかだか4年だし、そうそう変わるわけもないか。
グランドの隅の鉄棒が目に入った。
思い出の鉄棒。
懐かしい。
何人かで逆上がりを練習している子たちがいる。
頑張れ!
心の中で応援をした。
雅樹が僕の横に来た。
僕は雅樹の顔を見る。
「ねぇ、雅樹。ここ僕の母校って言ったっけ?」
「いや。でも、ここに来たいって言ったから、そうかなと思ったよ」
「雅樹もここの小学校出身だよね?」
「ああ」
僕のこと、覚えていない? 雅樹。
鉄棒から落ちた子いたでしょ? 雅樹が助けてくれた。
その子は、僕だよ。
そう言おうとしてやめた。
雅樹は、忘れてしまっているんだ。困らせてしまうだけだ。
「行こう! 寄ってくれてありがとう」
僕はそうお礼をいった。
「どういたしまして!」
僕達はその場を後にした。
駅までの道すがら、見知った風景の断片を思い出しつつ歩いた。
僕は少しセンチな気持ちになっていた。
たぶん小学校を見たからだと思う。
僕は雅樹に尋ねた。
「小学生の頃って、男の子同士でも手を繋いでいたよね」
「うん」
「手を繋がなくなるのっていくつぐらいなんだろうね?」
「そうだな。高学年にはもう手は繋がないよな……」
そうなんだ。
僕は雅樹と手を繋いだ記憶はない。
雅樹は言った。
「でも、プロレスとかで、じゃれ合うのはずっとだよな。中学とかも」
「雅樹はそうだったの?」
「ああ。そうだな」
「そっか……」
雅樹の中学時代の話はあまりよく知らない。
でも、きっと、楽しい充実した毎日を送っていたに違いない。
僕は今日ずっと思っていたことを口にした。
「雅樹」
「なに?」
「僕は女の子の方がよかった?」
沈黙。
「めぐむはめぐむだろ? 男とか女とか関係ないだろ」
「ごめん。今日の僕は何か変なんだ。周りから男の僕を否定されているみたいで……」
そうなんだ。
今日は、甘味処、カジュアル服のお店、それに、雅樹のお兄さん、拓海さんにまで女の子だと勘違いされた。
いくら、ファッションのせいだからといっても、ここまで間違われることはそうはない。
「元気だせよ、めぐむ。俺は、男のめぐむが好きなんだから」
雅樹はさらりと言った。
「本当に?」
「本当さ。最初に出会ったのは男のめぐむ。付き合い始めたのも男のめぐむ。いまここにいるのも男のめぐむ。そもそも、男じゃないめぐむってどこかにいたか?」
「いない」
「だろ? だから、心配するなって。俺はお前を見間違えたりしないから。大好きだ、めぐむ」
あぁ。
ずしりとしたものが胸を打つ。
そして、ぱぁっと、僕の中で何かが広がった。
温かくて、心地の良い何か。
それが、孤独と寂しさで震えていた僕を優しく包み込む。
僕は涙をこらえていった。
「うれしい……」
涙で曇る。
「あれ? また泣いているのか? 泣き虫だな」
「だって……」
頬を伝わる涙。
僕はいま、ひどい顔をしているに違いない。
でも、こんなに嬉しいことって他にある?
そんなもの僕は知らない……。
僕は雅樹の横にスッと行って、手を握った。
「ちょ、ちょっと、ここで手を繋ぐなって」
「どうしてよ!」
僕は口を尖らせる。
「どうしても、こうしてもないよ。この辺、知り合いが多いんだから!」
「僕は知り合いがいないから大丈夫だよ。ふふふ」
無性に意地悪がしたくなった。
クスッ。
そうか、半分は僕の照れ隠し。
僕は雅樹の腕を掴んで絡めた。
「ちょっと、そんなにくっつくなって!」
「今でも男の子同士はじゃれ合うんでしょ? ふふふ」
「そうだけどさ。めぐむ、ひどいな。ははは」
道の先には駅前の高層ビルが見える。
「さぁ、いこうよ雅樹」
「もう、しようがないな。めぐむは」
僕と雅樹は夕暮れの道を行く。
そう。
まだ、僕達は歩き始めたばかり……。
もし奇跡があるのか? と問われたら、僕はあると答える。
奇跡なんて信じないよ、という人もいる。
そんなのは、まやかしだよ、と否定する人。笑う人もいる。
でも、僕は絶対にあると思う。
それは、僕に起こったことだから……。
奇跡としか言えないこと。
一つ目は、初恋の人に再び巡り会えたこと。
二つ目は、その人と付き合うことができたこと。
三つ目は、その人が男の僕を好きになってくれたこと。
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