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1-18-1 レオタードはお好き?(1)

ある日のこと。 僕は下校しようと靴箱を開けると、何か入っていることに気が付いた。 「なんだろうこれ?」 僕は、それを手に取ってみる。 えっ? 何かの布。 いや、服のようだ。 僕は広げてみる。 これって……まさか。 「レオタード?」 レオタードに違いない。 白のレースのロングスリーブ。 胸元はV字に開き、背中が広く空いている。 「どっ、どうして、こんなものが!」 僕は、周りをキョロキョロする。 誰も見ていない。 そこへ、女子生徒が話す声。 こっちへ近づいてくる。 僕は、慌ててカバンにしまった。 こんなものを持っているところを人に見られたら、変な噂が立ってしまう。 はぁ、はぁ。 僕は、逃げるようにその場を立ち去った。 僕は、家への帰りの道すがら、頭を働かせる。 うん。 まずは落ち着こう。 なんでこんな物が。 真っ先に思いついたのはいたずら。 そう。 僕は中学の時、女の子っぽい外見のせいでいじめを受けていた。 その中で、女性物を使った嫌がらせも数多くある。 体育の時、着替えを女物にすり替えられたり、移動教室から戻ると筆箱に化粧品を入れられたり。 でも、高校生になってからは、いじめっぽいことは今のところない。 これを機に、っていうのも無きにしも非ずだけど……。 前兆はないし……。 うん、やっぱり、いたずらの線はないな。 よし、次! 次に思ったのは、間違えて僕の靴箱に入れてしまった、というケース。 本人がうっかり間違える。 ちょっと可能性は薄い。 だって、靴箱は毎日使うし、入学してだいぶ経ったこの時期。さすがに慣れているはず。 でも、寝不足だったり、急いでいたりしたらどうだろう? うーん。 万一はあるか……。 その他、友達に入れておいてもらう、といったシチュエーションなら十分にあり得る。 これだ! 次の日、僕は登校の時に靴箱の上下左右を確認した。 上は、そもそもない。だって、一番上だから。 左は、ジュンの靴箱。だから、除外出来る。候補になるのは、女子の靴箱のはずだから。 右は、飯田さん、下は、木下さん。 この二人が怪しい。 二人のうち、どちらかを特定できれば、そっと戻しておけば万事解決だ。 ところで……。 そもそも、レオタードって、誰が使うものだろうか。 すぐに思いつくのは、新体操にバレエ。 でも、うちの高校は、その二つとも昔は同好会があったって聞いたけど、今は活動をしていないはず。 他には、ダンス部。 うん。 ダンス部が怪しいな……。 僕は、教室でこの二人に絞って観察した。 飯田さんは、小顔で背が高くてスタイル抜群。一目見て運動部だと分かる。 でも、ダンス部なのかな? そう言えば、バレー部だったような気がする。 木下さんは、っと。 小柄で可愛らしい感じ。 でも、活発なタイプで運動は出来そう。 長めの髪をアップに結えば、ちょうどバレエのイメージに合う。 ダンス部と言えば、うん。そうかもしれない。 それに、あのレオタードがよく似合いそうだ。 それにしても……。 改めて考えると、僕ってば、クラスメイトなのに誰がどの部活動に入っているかさえ知らないなんて。 僕は、どれだけ雅樹の事しか見ていないんだろう……。 我ながらちょっと苦笑してしまう。 僕が二人の様子をじっと見ていると、ジュンが声をかけてきた。 「ねぇ、めぐむ。どうしたの? ずっと女子の方なんか見てさ。誰? 木下さん?」 「えっ? そんなことないけど……」 僕は慌てて目を逸らす。 「もしかして、めぐむって女の子を好きになっちゃったの?」 「いや、そういうわけじゃないけど……」 「ほっ、よかった。めぐむが遠い所へ行ってしまったかと思ったよ。へへへ」 ジュンは、片目をつぶり舌を出す。 「ぶっ。ジュン、大丈夫だよ。僕は、そんな簡単に好きな人が変わったりしないから」 「うんうん。さすが、めぐむ! わが心の友!」 ジュンは、嬉しそうに僕の肩をポンと叩く。 そうだ。 情報通のジュンなら知っているはず。 僕は、ジュンに尋ねる。 「ところで、ジュン。うちのクラスってダンス部員いたっけ?」 「ダンス部?」 「うん」 ジュンは、視線を天井の方に向ける。 「たしか、うちのクラスはいなかったと思うな」 「えっ? そうなの?」 「あれ、もしかして、めぐむって、ダンスに興味あった?」 僕は慌てて首を横に振る。 「えっと、そういうわけじゃないんだけど……」 「いやいや、うん。確かに、めぐむはダンスに向いているかもな。体柔らかいし」 「ふふふ。それだけが取り柄だけど、それだけじゃね。なにせ運動音痴だから」 「そうだね。お互いにね。ふふふ」 僕は、下校しながら考える。 うーん。 ダンス部員はいない。 これは、予想外だった。 いや、まてよ。 うちのクラスじゃなくて、隣のクラスというのはどうだろう? 靴箱の棚の列を一列間違えた、とか。 おっと、これはありそうだぞ! 家に帰り、机の引き出しからクラス名簿を取り出す。 靴箱は出席番号順に並んでいるから、僕と同じ3番の人。 五十嵐 春菜(いがらし はるな) うん、女子だ。 きっと、この子がダンス部員で、この子のなんだ。 僕は、カバンからレオタードを取り出す。 それにしても、可愛らしいレオタード。 レースの部分はエレガントだし、生地がテカテカと光を反射して美しい。 触り心地もスベスベして気持ちいい。 あれ? 値札? いや、ブランドのタグが付いている。 そっか、新品なのかな。 五十嵐さん、無くした事に気がついているよね。 ごめんね。間違えてもってきちゃって。 ああ、でもこの場合、間違えたというか、勝手に入れられたから僕は被害者だよね。 でも、男子がレオタードを持っているなんてばれたら、そんな言い逃れはできない。 絶対に、盗んだとか、変態とか言われる。 よし、明日、ちゃんと靴箱に戻してあげよう! 次の日。 僕は、さっそく、隣のクラスの靴箱をチェックする。 目立たないように遠目で様子を観察。 うん。 場所は確認できた。 僕は、レオタードを入れたカバンを肩に担ぎ直す。 準備は万端。 でも、下校時間だけあって、なかなか人通りがなくならない。 「あーあ。これじゃ、戻すタイミングが難しいな……」 少し間が空いた。 よし! 僕は、ささっと、五十嵐さんの靴箱の前にくる。 靴箱の扉を開けよう、とした時。 「ねぇ、君。ちょっと、じゃまなんだけど、どいてくれないかな?」 そこには、僕より背の高い男の子。 キリッとした眉毛が印象的で浅黒い肌。 ニコッとした表情に少しドキッとする。 運動部? ユニフォームは見覚えがある。 きっとサッカー部。 昇降口の外から声が聞こえた。 「おーい、春菜! 先にいっているぞ!」 「オーケー!」 その男の子、つまり五十嵐 春菜くんが答えた。 僕は、場所を開ける。 「わりいな!」 五十嵐くんは、靴を履き替えるとそのまま走っていった……。 なんだよな! 春菜って! 紛らわしい! 女子かとおもうよ。普通。 それに、不覚にも少しときめいてしまったじゃないか。 イケメンは無駄に笑顔を振りまくから本当にタチが悪い。 「ねぇ、めぐむ! 何やっているの?」 僕は、ドキッとした。 振り向くとジュンがそこにいた。 「えっ? いや、ちょっと……」 「もしかして、靴箱にラブレターでも入れようとしていたとか?」 「ちょ、そっ、そんなことあるわけないよ」 ラブレターじゃなくてレオタードなんだけど……。 「あぁ、さっきの男の子。春菜君? サッカー部で一番人気の子だよ。めぐむもミーハーだなぁ。ふふふ」 「ちっ、ちがうって!」 「まぁ、まぁ。照れない、照れない! ふふふ」 「もう!」 うーむ。 これで、靴箱を間違えた、という線は消えた。 間違えじゃないとすると、意図的に入れたってこと。 僕の靴箱と分かっていて入れる。 クラスメイトのいじめじゃなくて、そんなことをする人と言えば。 佐久原先生……。 あり得るけど、佐久原先生は、既に退職している。 他に、思い当たるひと……。 ああ、やっぱり…。 雅樹! 雅樹なの? じつは、レオタードフェチだった。 うーん。 雅樹に限っては無いような気もするけど否定はできない。 男子だったら、女子の体操やダンスに憧れる。 その中で、特にレオタードに執着する。 可能性はあるかも……。 直接、僕に言わないで、こっそりと靴箱に入れるなんて、余計に現実味を帯びている。 恥ずかしい、でも、僕に着てほしい。 だから、こっそりと入れて、 『これを着て』 と無言のお願い。 ふぅ。 ああ、でも雅樹。 僕は、そんな風に雅樹にちょっと変態っぽいところがあってもぜんぜん構わないよ。 僕は、全部受け止められるから……。 そうだ。 もしかして、これは、僕に対してのテスト、なのかもしれない。 「レオタードを着てごらん。これが出来ないぐらいなら、俺の事をそんなに好きじゃないんだな」 なんてね。 よし! 分かったよ。雅樹。 明日のデート。 僕は中に着ていくよ! レオタード。 ちっとも、恥ずかしくないんだからね!

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