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1-19-1 胸騒ぎの文化祭(1)
秋も深まり、冬の足音が近づいてくると文化祭のシーズンになる。
文化祭では全クラスと部活動や委員会の出し物が、校舎だけでなく体育館やグランドなども使い、盛大に執り行われる。
本番は明日。
今日は準備日でどのクラスも大わらわだ。
ところで、文化祭と言うと、普段は話もしない男女がいつの間にかカップルになる、魅惑のイベント。
僕は、ため息混じりでジュンに言った。
「僕達には関係のないイベントだよね」
ジュンは真面目な顔で答える。
「ううん。ボクは、この文化祭がチャンスだと思うんだ!」
そっか。
ジュンも文化祭効果を狙って、片桐先生との距離を縮めようとしているんだ。
僕は、ジュンの健気さを応援しつつも、そういえば、雅樹を狙う女子が現れると困るな。
と、複雑な思いをしていた。
さて、僕達のクラスの出し物はというと、クレープカフェ。
趣向としては、女性客をターゲットとした執事カフェのようなもので、男子が接客担当で女子は裏方に回る。
お店のイメージは西洋風のカフェで、木目やレンガ調のデザインを基調にして、落ち着いた雰囲気を重視し、テーブルクロス、看板、メニューなどにもこだわりを見せる。
今日は、朝からクラス総出で準備に取り掛かり、午後になり、ようやく店の体をなしてきた。
内装を担当している片桐先生が、生徒に声をかけた。
「おーい。誰か、手伝ってくれ!」
「はい! はーい!」
ジュンがすかさず手を挙げる。
「おっ。いつも悪いな、相沢」
「いいえ。先生のお手伝いできてうれしいです!」
クスクス。
ジュンは、積極的に片桐先生に絡みにいく。
健気で可愛い。
「ちょっと、ここを抑えておいてもらえるか?」
「はい!」
ジュンは、片桐先生と一緒に、木目の壁紙を貼っている。
何を話しているのだろう?
時折、互いに微笑みを浮かべている。
ふーん。
なんか、いい感じじゃん!
ジュンだけじゃない。片桐先生も楽しそうだ。
片桐先生は、普段はめったに笑わない。
だから、今日は、際立ってそう感じる。
ジュンがそうさせている?
片桐先生の外見は細見で背は高いし、顔は面長で、切れ長の目。
大人の男性そのものだけど、微笑むと少年のような女性のような優しい表情になる。
そのギャップに、僕でさえ、すこしキュンとする。
ジュンは一仕事を終えて、戻ってきた。
「ふふん。楽しいな! ねぇ。めぐむ。片桐先生って、文化祭でカフェは初めてなんだって。それで、わくわくしているんだってさ。へへへ」
「へぇ。そうなんだ」
ジュンは鼻歌交じり。
僕は、ジュンと話つつも、外装係の雅樹に目でサインを送る。
「頑張っているね、雅樹!」
雅樹も、サインを返してくれる。
「めぐむもな!」
ふふふ。
こんな、密かなやり取りも楽しい。
夕暮れ時。
そうこうしているうちに、カフェのほとんどの部分は完成した。
あとは、こまごまとしたところを残すのみ。
片桐先生は皆に言った。
「それじゃ、先生は、明日の食材を受けとりに行くから、誰か一緒に来てくれないか?」
片桐先生の言葉に、ジュンがすかさず反応する。
「はい! ボクが行きます!」
「相沢、大丈夫か? 少し重いぞ?」
「大丈夫です! ボクは、こう見えても力持ちですから!」
「ははは。そっか。じゃあ、お願いするかな。もう一人、誰かいないか?」
ジュンは、僕の顔を見る。
あーあ。わかったよ、ジュン。
「はい! 僕がいきます!」
「そうか。なら、青山、頼むぞ」
「はい」
僕は、すれ違いざまに雅樹に話しかける。
「行ってくるね」
「ああ、気をつけて。そうだ、出来れば戻ってきなよ。一緒に帰ろう」
「うん!」
僕とジュンは、片桐先生の車に乗り込んだ。
早速、ジュンは片桐先生に話しかける。
「ねぇ、先生。うちのカフェ、前評判はいいみたいですよ」
「そうなのか?」
「はい。特に、女子達の、ですけど。部活の女子が絶対に来るって。ふふふ」
「ははは。そっか。なら、売り上げは期待できるかな」
「はい!」
「女子といえば、妻も楽しみにしているよ。クレープって言ったら絶対に来るってさ。ははは」
「奥さんですか……」
奥さんのキーワードが出ると、ジュンはションボリして黙った。
僕達を乗せた車は、卸業者の倉庫に着いた。
「ちょっと、事務所に行ってくるよ。二人とも待っていてくれ」
「はい」
片桐先生は、早足で歩いて行った。
「ジュン、大丈夫?」
「ありがとう。めぐむ」
「元気出して」
「うん。心配かけてごめん。そうだよね。最初からわかっている事だもんね」
「ジュン……」
「よし! 気にしないぞ! あ、そういえばさ」
「ん? なに?」
「片桐先生って、カッコいいでしょ?」
「うん。そうだね。いつも、むすっとしているけど、今日の先生は楽しそう。笑うと確かにカッコいいね」
「でしょ? ふふふ。あー、めぐむは好きになっちゃだめだからね!」
「どうしよっかな? ふふふ」
「許さないぞ! めぐむでも!」
「あははは」
そこへ、片桐先生が戻ってきた。
「おっ、楽しそうだな。さぁ、こっちへきてくれ。台車が有るって」
「はい!」
僕達は、倉庫に入った。
数箱の段ボール。
クレープの材料に、コーヒー豆、食器類などが入っている。
「よし、運ぼう」
僕達は、それぞれの台車に乗せて運び出す。
片桐先生は、台車を押しながら言った。
「意外と重いな。大丈夫か? 二人とも」
「ええ」
確かに重い。
「大丈夫です、先生……」
と、ジュンが答えた時だった。
ジュンの台車の車輪が溝に引っ掛かった。
「あっ!」
ジュンは、つんのめるようにして地面に転がる。
「痛い!」
「だっ、大丈夫か?」
片桐先生はすぐさまジュンに駆け寄る。
ジュンは、手をついた時に少し指を切ったようだ。
「相沢、血が出ているぞ」
「先生、ごめんなさい。大丈夫です……」
ジュンは、そう言いかけた。
「えっ!」
ジュンの驚きの声。
片桐先生は、ジュン指を舐めたのだ。
いや、正確には口で指をパクッとしゃぶった。
「せっ、先生……」
ジュンは、驚いて口が半開きになる。
「ちゃんと止血しないとな……相沢、このままここにいてくれ。先生は、ばんそうこうを貰ってくるから。それと、青山は先に荷物を運んでおいてくれないか」
「はい、分かりました」
僕の返事を確認すると、片桐先生は急ぎ事務所へ向かった。
僕は、ジュンの所へ詰め寄る。
「ジュン、大丈夫?」
「うっ、うん……」
ジュンは少し放心状態だ。
僕と目が合って口を開けた。
「めぐむ、ボクの股間見てみて……」
「どうしたの! 怪我でもした?」
僕がジュンの股間を見るとズボンをぷっくりと膨らませている。
「めぐむ……ボクのオチンチン、勃起しちゃった……ボクって変態なのかな?」
ジュンは、戸惑いの表情を浮かべる。
「ううん。ジュン、それが普通だよ。好きな人に優しくして貰ったんだ。誰だって気持ちが高ぶるよ」
「本当? 本当に? そっか……良かった……」
ジュンは、ホッとした面持ちになった。
そして、片桐先生に舐めてもらった指を大事そうに見つめた。
僕は、片桐先生の言いつけ通り荷物を車へと運んだ。
そして戻ってくると、ちょうどジュンを片桐先生が抱えようとしている所だった。
えっ?
僕は驚いて思わず声を上げた。
片桐先生は、ジュンをお姫様抱っこをしたのだ。
僕は、片桐先生の所へ駆け寄る。
「ああ、青山。相沢は、足首も捻ったようだ。先生が車へ運ぶから、悪いが残った荷物も運んでくれないか?」
ジュンは、顔を真っ赤にして先生の腕の中にちょこり収まっている。
僕と目が合った。
目を潤ませて、にこりと嬉しそうな笑みを漏らす。
ああ、可愛いな。ジュンは。
よかったね。ジュン。
僕は、ウインクして、よかったね、のサインを送った。
学校に戻ると、僕と片桐先生で仮教室へ積荷を運んだ。
「先生は、一応、相沢を駅まで送り届けるから、青山は運べるものだけでいいから教室に運んでおいてくれ。適当に帰っていいからな」
「分かりました」
僕は、シートにもたれかかっているジュンを見る。
まだ、夢心地の表情を浮かべている。
「ジュン、二人っきりだね。頑張って!」
「うっ、うん。めぐむ、ありがとう」
ジュンは弱々しく、でも満面の笑みで答えた。
そして、ジュンを乗せた先生の車は闇夜に消えて行った。
ふう。今日のジュンは可愛かったな。クスっ。
さてと……。
今度は僕の番かな。
僕は、校舎を見上げて教室の明かりを見つけてほくそ笑んだ。
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