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1-19-2 胸騒ぎの文化祭(2)
教室にライトが付いているってことは、誰かいるってことだ。
雅樹から、一緒に帰らないか? と誘いを受けた。
だから、雅樹が残っている可能性は高い。
僕は急いで廊下を進む。
もし、誰もいない教室で、雅樹と二人っきりだったら……。
手を繋いだり、キスをしたり。
もしかしたら、その先だって……。
うふふ。
ワクワクで、心臓が高鳴る。
教室に近づくと怒鳴り声が聞こえた。
あれ? 喧嘩?
耳を澄ますと雅樹の声だ。
雅樹が残っていてくれたのは嬉しいけど、何か揉め事に巻き込まれているのかもしれない。
「だから、その態度がよく分からないんだよ! 気に食わない事があれば、ちゃんと言えよ!」
こんなに声を荒げている雅樹は初めて。
一体なにが……。
立ち聞き何て悪いとは思うけど、気になってしょうがない。
ちょっとだけなら良いよね?
僕は扉を背に耳を澄ませた。
「気に食わない事なんてない。ただ……」
誰の声だろう? 聞き覚えがある。
僕は、そぉっと扉の窓を覗く。
そこには見慣れた人物の姿が……。
もっ、森田君!?
どうして、隣のクラスの森田君が……
どうやら、教室にいるのは、二人だけ。
今にも取っ組み合いの喧嘩が始まりそうな剣幕で言い争っている。
「ただ、何だよ? はっきり言ってくれ!」
「分かった。言うよ」
もしかして、部活のことで行き違いが合った?
僕は固唾を飲んで二人の会話に耳を済ませる。
森田君が口を開いた。
「好きなんだよ。君の事が……」
えっ!
何て言ったの!?
す、き?
好き?
「なっ、何だよ。それ……」
「だから、愛しているんだ。ずっと前から」
「おっ、お前、一体何を言っているんだ」
ちょ、ちょっと待って……!?
森田君が雅樹に告白!?
あまりの事に、心臓がドクン、ドクン打ち始める。
雅樹も森田君の告白に動揺しているようだ。
森田君は、言葉を続ける。
「愛の告白だよ。分からない?」
「お前が……俺の事を……」
「君は知っていたはず! 気づかないふりをしていた。違う?」
森田君の問いに雅樹は沈黙した。
ああ、僕もちょっとは気にしていた事だ。
雅樹と森田君は、親友。
でも、友情から愛情に変わってしまう事だってあるのではないか。
そんな漠然とした予感が的中してしまった……。
雅樹は、重い口を開いた。
「ああ、お前の言う通りだ。知っていた。でも、気のせいであって欲しかった……」
「そっ、そんな……どうして?」
「友達でいたいと思ったから……」
雅樹……。
そうだよね。
相手の恋愛感情を知ってしまったら、もうこれまでと一緒というわけにはいかない。
それほど、雅樹にとって森田君との友情が大事だったって事なんだ。
森田君は、今にも泣きそうな声で懇願する。
「もう、友達じゃいられないよ……自分の気持ちに嘘はつけない。こんなにも愛しているのだから……」
ああ、雅樹はどうやって断るのだろう……。
雅樹は優しい。
だから、森田君を傷つけ無いように、優しい言葉でたしなめるに違いない。
もしかしたら、僕と付き合っている事を言ってしまうかも……。
いいよ、雅樹。
バレても、僕は怒らないから……。
雅樹は決心したようだ。
口を開く。
「そっか……じゃあ、俺も秘密にしていた事を正直に言うよ……」
ああ、やっぱり。
僕達の事、言ってしまうんだね、雅樹。
僕は、目を閉じた。
「俺もお前の事を愛している」
えっ!?
僕は耳を疑った。
愛している? って言った?
雅樹が?
森田君に?
僕は、あまりの事で、気が動転した。
一体何が起こっているの?
はぁ、はぁ。苦しい。息ができない。
頭の中がボヤっとして、めまいがしてきた。
その後に耳に入ってくる言葉は、遠くの方で鳴っているラジオのように感じた。
「ほっ、本当? じゃあ……」
「ああ、俺達は両想いって事だ」
「嬉しい……嬉しいよ」
「でも、ちょっと待ってくれ」
「えっ?」
「俺達の関係が周りにバレる訳にはいかない。分かるだろ? だから、友達のままが良いんだ……」
「いいよ。そんな事。バレたって、君と一緒なら……」
「そっ、そこまで俺の事を……」
ああ、これは夢だ。
悪い夢だ。
早く、覚めなきゃ……。
そんなことをぼんやりと考えていると、森田君が言葉を発した。
「キス、していい?」
キス!?
はっとして、我に返った。
慌てて、二人に注目する。
雅樹と森田君は互いに見つめ合っている。
「いいぜ……」
雅樹は、両手を広げた。
そこへ、森田君は飛びつく。
そして、雅樹はしっかりと、森田君を受け止めた。
二人は固く抱き合う。
そっ、そんな……。
こんなことって……。
体がわなわなと震えてきた。
目から涙が溢れる。
そしてそのまま、頬を伝わる。
あぁ。
悪夢なら早く覚めて……。
しばらく抱き合っていた二人は、見つめ合いながら顔が近づいていく。
あっ、だめ!
そんなこと!
僕はもう見ていられなくなり、その場を逃げ出した。
もう、何がなんだかよくわからない。
無我夢中に走る。
なぜ。
どうして……。
僕は帰りの電車の窓から夜の街をながめた。
目を閉じると、先ほどの光景が鮮明に浮かぶ。
『俺もお前を愛している』
雅樹の言葉が頭の中でリフレインする。
うそだ。うそだ。
僕は首を振る。
ああ、でも、二人は愛の言葉を交わし、抱き着き、そしてキスをしようとしていたじゃないか。
雅樹のことが分からないよ……。
一体、どうなってしまったの?
電車を降り、僕はふらふらと歩き出した。
雅樹、教えてよ……。
雅樹は本当に森田君を好きになってしまったの?
僕の事だって好きって言ってくれたよね。
それは、僕も森田君も好きってことなの?
ううん。
雅樹に限って、二股をかけるなんて、考えられない。
だとすると……。
考えたくない。
けど……。
もう、僕の事は何とも思っていない……そういうことなの?
僕は夜空を見上げる。
こんな夜でも星の瞬きは美しい。
目を閉じて心を落ち着かせる。
深呼吸。
ふぅ……。
僕は一体何を動揺しているんだろう。
雅樹を信じる。
僕を好きって言ってくれた雅樹の事を信じる。
それだけじゃないか。
それ以外に僕に何があるっていうんだ……。
「そうだ、明日、雅樹に直接聞いてみよう。きっと何か理由があるはず……」
僕は、今日見た光景を振り払うように、そうつぶやいた。
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