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1-19-3 胸騒ぎの文化祭(3)

文化祭当日。 「ご注文いただきました。イチゴクレープ2、コーヒー2です!」 僕はカウンターに声をかける。 奥は厨房になっていて、了解です、との声が聞こえた。 時計を見る。 もうすぐお昼だ。 今日は、雅樹に直接聞こうと息まいて登校したけど、これまでまったくチャンスがない。 雅樹はというと、昨日のことなんてなかったかのように、いつも通りの態度。 今朝も、ユニフォームに着替えた僕を見るなり、 「へぇ、似合っているな」 と褒めたかと思うと、僕の頭をポンポン撫でて 「どこかの、少年メイドみたいだな!」 と意地悪を言う。 僕が睨むと、ごめんごめんといいながら、嬉しそうに笑った。 あまりにも、いつも通り。 昨日の出来事なんて、本当はなかったかのようではないか。 そう錯覚してしまうほど……。 あぁ。 昨日のことを聞きたい。 森田君のことをどう思っているのか。 僕のことをどう思っているのか。 雅樹の口から直接聞きたい。 そんなことを考えながら、ウエイターの仕事をこなしていた。 「青山君、すぐにお客様のご案内お願い!」 入り口に据え付けられた受付から声がかかる。 「はい!」 大忙しだ。 店内は満席。 廊下には行列ができている。 ホールのメンバーは目まぐるしく動きまわっている。 「いらっしゃいませ。お客様」 僕は深々とお辞儀をする。 顔を上げると、年配のご婦人がにっこりと僕を見ている。 「あら、可愛い」 僕は顔を引きつらせながらも、軽く会釈をした。 (青山君、もっと愛想よくして! さっき教えたでしょ。可愛いしぐさ) 受付の女子は僕に耳打ちする。 僕が軽く睨むと、女子は肩をすくめるリアクションをした。 ふぅ。 僕は小さくため息をつく。 まぁ、でもこれも仕事だ。 僕はお客さんに、にっこりと微笑み、小首をかしげる。 「こちらへどうぞ」 お客さんは、はいはい、と言いながら嬉しそうに僕についてくる。 まぁ、こんなんで喜んでもらえるんだから、いいけど……。 僕はお客さんを席に案内すると食券を受け取りカウンターへ出す。 その足で、前の注文で出来上がった食事を運ぶ。 そして、席を立つお客さんがあれば、「ありがとうございました」とお礼をして、片づける。 これの繰り返し。 それにしても忙しい……。 このままいけば収支は間違いなく黒字。 いや、かなりの儲けはでそうだ。 開店当初は、客の出足はそんなによくなかった。 赤字になりそうだけど、働く身からするとこのままがいい。 なんて思っていたのもつかの間。 女子達が、「イケメンカフェ」とかいいながら宣伝に回ったものだから、この人の入りだ。 そのイケメンの筆頭。 僕は、仕事の合間に接客中の雅樹を見る。 あぁ。やっぱり雅樹はカッコいい。 目が離せない。 ユニフォームは白いシャツに黒のリボンタイ、それにソムリエエプロンのモノトーンスタイル。 清潔感があって、女性受け間違いなし。 雅樹に似合いすぎる。 接客のしぐさといい、いつもより大人びて見える。 そして、時折見せる笑顔。 だれだって、キュンとしてしまうだろう。 僕以外にはそんな笑顔しなくていいのに……。 僕は溜息をついた。 こころの中がモヤモヤする。 昨日の光景がいやがおうにも思い出されてしまい、胸を圧迫する。 そして、さらに悪いことにめまいを催す。 あぁ、寝不足が今になってきたかな。 体調が悪いとすぐに貧血になってしまう。 自分の体が恨めしい……。 昨晩は、寝付けなかった。 おそらく寝たのは明け方近く。 僕はふらつきながらも、もうすぐ交代時間だからと思って、ぐっとこらえる。 しかしながら、忙しさは容赦なく僕に襲い掛かる。 はぁ、めまいがする……。 僕はついに、ふらっとした瞬間に足がもつれてしまった。 カウンターで受けとった料理がトレーから滑り落ちそうになる。 あっ、あぶない! 僕は慌てて、体勢を整えようとした。 でも、これはだめなパターンだ。 ころんでしまうな。 スローモーション。 目を瞑る。 その瞬間。 僕の肩は何者かにがっしりと掴まれた。 「大丈夫か?」 雅樹の声。 はっとして振り向くと、そこに雅樹がいた。 僕をやさしく、支えてくれていた。 心配そうに僕を見つめる。 柔らかい微笑み。 あぁ。雅樹が、助けてくれた……。 「あっ、ありがとう……」 そのアクシデントにカフェはシーンと静まりかえった。 僕は、恥ずかしくなって下を向いた。 そんな、僕をかばうように、雅樹は、エレガントにお辞儀をする。 「皆さま、大変お騒がせいたしました。引き続き、ごゆるりとカフェをお楽しみください」 お客さんからは、キャーとか、素敵、とか黄色い声が上がる。 そして、カフェは、元の和やかなムードを取り戻した。 ああ、雅樹はすごいな。 誰にもましてやさしい。 こんな人、他にいないよ。 なのに、なぜ……。 僕は意を決して雅樹にささやく。 「雅樹、後で話があるんだ」 雅樹は二つ返事で答える。 「わかった」 もう、後には引けない。どういう結末が待っていても覚悟はできている。 お昼になって、交代時間になった。 僕は着替えを終えて、ユニフォームをジュンに渡す。 「ジュン、指と足首は大丈夫?」 「平気、平気! ほらこの通り! めぐむ、昨日はありがとうね!」 「で、片桐先生とはどうだった?」 「もう、最高! 別れ際に、『大丈夫か』って、頬を触って貰っちゃった。へへへ」 「へぇ、すごいね。良かったじゃん!」 「うん!」 ジュンの幸せそうな笑顔を見ると、不安な気持ちも少し和らぐ。 「ジュン、忙しいから、覚悟しておいた方がいいよ」 「聞いたよ。いつの間にかイケメン喫茶になったって」 「そうなんだ。だから、女性客が多いよ」 ジュンは、白いシャツに着替え始める。 「イケメン喫茶なのに、ボクとか大丈夫かな」 「それは心配ないよ。意外だけど、僕らみたいな感じでも受け入れてもらえるみたい」 「へぇ。そっか。なら安心した」 「あっ、でも、女子達から接客の指導があるから注意してね」 「ほんと? それはやだな……」 「ふふふ。そうだね」 僕とジュンは二人苦笑した。 「それはそうと……」 ジュンは真剣なまなざしで僕をみる。そして、小さい声で言った。 「先生の奥さんってきた?」 そういえば、まったく気にしてなかった。 「ごめん。わからないよ」 「そっか。ありがとう」 ジュンは何か少し考え込んだ、と思ったらすぐに気を取り戻して言った。 「このユニフォームって、ボクが着ると子供っぽく見えない?」 僕は改めてジュンの姿を眺める。 「確かに、子供っぽい。リボンタイのせいかも」 「やっぱり……」 ジュンは小さく両手を広げ、やれやれという仕草をした。 ということは、僕も同じにように子供っぽく見えていたんだ。 なるほど、そう考えると今更ながら恥ずかしい。 そういえば、雅樹も同じような感想を口にしていたっけ……。 僕はそんなことを考えながら、ジュンにまたね、と挨拶をして教室を後にした。 中庭の花壇の縁に座っていると、着替えを終えた雅樹がやってきた。 「ごめん、お待たせ!」 「ううん。大丈夫」 雅樹は息が少し上がっている。 僕より長くシフトに入っていたから、終わってから急いで着てくれたんだ。 僕はどう言うか、ずっと繰り返し練習していた。 すこし緊張している。 「雅樹、昨日のことなんだけど」 「うん。なに?」 「戻れなくてごめんね。せっかく、一緒に帰ろうって誘ってくれたのに」 「ああ、いいよ。気にしなくて」 「それで、待っててくれたの?」 「一応な。でも、先生がもう帰れって来てさ」 僕は息を整える。 「それで、何かあった? 待っててくれた時……」 僕は雅樹の回答をまった。鼓動が早くなる。 横目で雅樹を見る。 「うーん。そうだな、友達の手伝いをしていたよ」 「友達の? 手伝い?」 「あぁ。そうだな。教室に残ってな」 嘘! どうして、そんな嘘を……。 あれが、手伝いだなんて。そんなことあるわけない。 僕は雅樹の顔をみる。 澄ましているけど、嘘をついているようには見えない。 でも、それは偽りだ。 森田君の告白を受けていたじゃないか! そして、キスをしていたじゃないか! どうして、僕に嘘をつくんだ! 僕はあんなに練習していた質問を続けることができなかった……。 喉から言葉が出てこない。 完全に動揺している。 自分でもわかる。 そんな僕を見かねて、雅樹が言った。 「今日のめぐむは何か変だな。疲れているみたいだ……」 僕を気遣ってくれる。 その言葉にも嘘はない。 どっちの言葉が本当なの? 僕は目を伏せる。 「そうかも……」 「じゃあ、後夜祭までどこかで休んでいるといいよ」 今日は夕方から後夜祭が催される。 ステージイベントとキャンプファイヤーがあるんだ。 雅樹は立ち上がる。 「午後から、バスケ部の模擬店の手伝いに行くから、気が向いたら遊びにきてな」 そう言うと、またな、と手を挙げて去っていった。 バスケ部の模擬店って。 森田君と一緒なのだろうか。 そんなところに行きたくない……。 見たくない。 僕は首を横に振った。

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