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1-19-4 胸騒ぎの文化祭(4)
どこにも行くところがなくて、図書室に来ていた。
誰もいない。
今の僕にちょうどぴったりだ。
図書委員では正門近くで古書のバザーを毎年やっている。
だから、図書室は文化祭期間は実質、空き部屋になる。
気持ちを整理する時間がほしい。
僕は、行儀悪くテーブルに突っ伏した。
雅樹の言葉を思い出す。
友達の手伝い。
そんなわけはない。
森田君の告白を受け入れていたのだから……。
僕に隠すということは、きっと本当のことなのだ。
遊びや冗談なら、わざわざ隠す必要もない。
もしかしたら、あれは何かの間違いじゃないかと一縷の望みにかけたけど、これで、はっきりした。
だとすると、一番恐れていたこと……。
悔しいけど、雅樹の気持ちはやはり森田君にいってしまった、ということだ。
自然と涙が出てくる。
だめだ。
こんなところで泣いては。
雅樹との思い出。
出会い、告白、そして付き合いだした僕達。
手を繋ぎ、キスをして、そして特別な関係になった。
雅樹といると楽しい。
時間を忘れるくらい夢中に話をした。
雅樹の大きい手。
投げかける微笑み。
意地悪な言い方だって、今思えば愛おしい。
優しさに満ち溢れている。
僕は雅樹と一緒の時間を過ごす度に、どんどん好きになっていった。
雅樹も、同じだと思っていた……。
涙が頬を伝う。
こうして思い出すと、僕は本当に幸せだったんだ。
僕は袖で涙を拭った。
さっきは、どうして本当のことを言わなかったのだろう?
森田君に告白されて、付き合うことになった、って。
そうすれば、僕を振ることができたのに……。
僕に気を遣っている?
振るタイミングを見計らっている?
そうかもしれない。
雅樹は優しい。
僕が傷つかないように。
すこしでも、傷つかないように。
雅樹ならそう考える。きっと。
また涙が出てきた。
本当に優しいな。雅樹は……。
ありがとう、雅樹。
でも、大丈夫。
最後くらい、僕だって。
雅樹が気持ちよく次の恋にいけるようにするから。
僕の方から、雅樹を振ってあげるから。
だから……。
僕は、はっと起きた。
体を起こす。
外を見ると暗い。もう夜になっている。
時計の針は5時を回っていた。
あのまま寝てしまっていたんだ……。
遠くの方で、バンドの演奏が聞こえる。
ステージイベントが始まっているようだ。
僕は席を立ち外へ出ようとしたとき。
雅樹がそこに立っていた。
驚いて声がでない。
雅樹は息を切らしている。
「めぐむ、見つけた!」
僕は無言のまま雅樹を見つめた。
「いろいろ探したけど、ここだと思ったよ」
「ごめん」
僕はやっとのことで声に出した。
「なに、謝ることないよ。いまステージが始まったところ。一緒にいこう!」
雅樹は、そのまま図書室から外へでようとする。
「まって、雅樹!」
「どうした?」
僕の必死な声を感じ取ったのか、近づいてきた。
「やっぱり、体調わるいのか?」
「ううん、違う……」
僕は雅樹の目をみる。
「雅樹……」
声が震える。勇気を振り絞る。
「雅樹、僕と別れて」
言えた。
言ってしまった。
これで本当にさよならだ。
雅樹は驚いた様子だ。
「どうしたっていうんだ。めぐむ!」
僕の両肩をつかむ。
「なにがあった? いってみろよ」
真剣な口調。
僕から振ってくるとは想像してなかったようだ。
「うん。その、だから……」
僕は雅樹から目を逸らす。
だめだ。
言葉に詰まる。
そして涙が溢れる。
うっ、うっ。
我慢できない。
僕は泣いた。
声をだして泣いた。
感情が堰を切って漏れ出す。
「一体どうした? わからないよ、めぐむ」
雅樹は僕を抱いた。
優しく包み込む。
温かい……。
僕はしばらく雅樹の胸で泣いていた。
しゃっくりが止まってきた。
落ち着きを取り戻してきた。
僕は深呼吸をする。
ちゃんと言わなきゃ。
お別れなんだから。
「雅樹。森田君のこと、好きなんでしょ? 僕は身を引くから……」
最後ぐらい、笑ってお別れしたい。
「森田君と幸せになって……」
僕はうまく微笑んでいるだろうか?
笑えているだろうか?
雅樹はしばらくポカンと口を開けていた。
僕が知っていたことに驚いている。そんな風に見える。
「めぐむは何を言っているんだ? 翔馬? 好き?」
雅樹は今、いったい何が起こっているのか、僕が何をいってのか考えを巡らしているようだ。
僕は頭をかしげる。
あれ?
雅樹は何を悩んでいるんだろう。
僕が言ったとおりじゃないのだろうか?
しばらく雅樹は考えていた。
そして、あぁと声をだし、何か分かったような顔をした。
「めぐむ。誤解だ!」
そう言うと、手を頭に乗せ、頭を掻く仕草をした。
「誤解……?」
「そう、誤解だよ」
よくわからない。
僕が言った以外に考える余地はないではないか。
雅樹は続けた。
「もしかして、昨日、教室で俺と翔馬がいるのを見たんじゃないか?」
僕は、こくりと頷いた。
「やっぱりそうか……」
雅樹は照れたように続ける。
「それで、告白の現場っぽいところを見た?」
僕は頷く。
「恥ずかしいところをみられたな。ははは」
そう言ってから、
「あれは、劇の練習なんだよ」
と言った。
僕は雅樹の言葉に目を見開く。
「ほら、翔馬のクラスの出し物は知っている?」
僕は首を振る。
「男女入れ替え劇。そっか、見に行く暇なんてないもんな。翔馬は、ヒロインでさ。それで、練習の相手をしてやってたってわけ」
僕が見たのはお芝居の練習!?
そんな、ことって。
でも、あれは真に迫っていた……。
「だって、キスだってしてた……」
雅樹は思いっきり首を振る。
「そんなのするわけないじゃん。キスするフリだよ。気持ち悪い」
いや、でもそんなはずはない。
「じゃあ、どうして、雅樹が練習に付き合うの? 森田君のクラスでやるんでしょ?」
「それがな、翔馬はさ、同じクラスのやつだと恥ずかしいっていうからさ。しようがなくてな」
そんな都合の良い嘘。
でも、聞いているうちに、なんだか、そんな気にもなってくる。
もう一度、二人の会話を思い出す。
森田君は、雅樹の事を「君」と言っていた。
確かに女っぽい話し方といえばそうだ。
それに、普段の話し方なら「雅樹」と呼び捨てにするはず。
一方、雅樹は、「愛している」と言っていた。
雅樹が「愛」なんて言葉を使うだろうか?
いままで「愛」と言ったところを聞いたことがない。
確かに二人の会話には違和感がある……。
森田君のお芝居の練習、それなら納得はできる。
でも……。
「雅樹は森田君のこと、本当に好きじゃないの?」
「友達としては好きだけど。でも、さすがに恋愛対象にはならないな」
「雅樹」
「なに?」
「僕のこと。好き?」
「何をいまさら。もちろん好きだよ」
そうだったんだ。
うれしい……。
別れずにすむ。これからも、一緒にいられる。
何より、雅樹は僕のことを好きでいてくれているのが嬉しいんだ。
ホッとしたら、また涙がでてきた。
今日は一体何回泣くんだろう、僕は。
笑いながら泣いた。
雅樹も安心したのか、ホッと肩をなでおろしている。
急に恥ずかしくなってきた。
僕の早とちりだ。
独り相撲。
なんというか、居心地が悪い。穴があったら入りたい。
「雅樹が紛らわしいことをしていたのがいけないんだからね!」
「えっ。俺がいけないの?」
「そうだよ」
「でも、めぐむも、めぐむだよ。どうして俺を信じられないんだ?」
「もちろん、信じていたよ。だから、こんなに悩んだんじゃん」
僕は頬を膨らませる。
雅樹は、はははと笑うと僕の頬をツンツンとつつく。
そして言った。
「じゃあ、仲直りのキスな」
僕がうんという前に、唇と唇が合わさる。
ああ、幸せ……。
昨日からのどんよりとしていた気持ちはいつの間にか晴れわたっている。
かけがえのない瞬間。
いままでも、そしてこれからも……。
長いキスをした後、雅樹は言った。
「でも、めぐむを騙せるほどの名演技ってことだろ。役者にでもなろうかな」
「なれるわけないよ。僕は騙されやすいんだ」
「たしかにな。ははは」
雅樹は意地悪そうにニヤっとする。
「いったな!」
僕はそうは言ったけど、雅樹に飛びつき、またキスをした。
雅樹の激しくも優しいキスで、身も心も満たされていく……。
意識が薄れていく中、遠くからステージの音が微かに聞こえていた。
*「めぐむ君の告白」第一章 完
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