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サイドストーリー1 チェリーフレンズ(1)
高校の入学式を数日後に控えた頃。
僕は、毎日のように新しい街を探検していた。
そして、家に帰る前には決まって、駅と家の間にあるこのチェリー公園に立ち寄る。
桜の木を眺めながら、いつ花が咲くのかを楽しみに眺める。
「もうすぐ咲きそうだ」
その日も、ベンチに座りながら、桜のつぼみを観察していた。
「咲いたら絶対に見に来るからね!」
僕は立ち上がり、桜の木を優しく触る。
「よう! めぐむ」
「えっ?」
突然、名前を呼ばれて驚いた。
もう、誰だろう。
驚かさないでよ。
僕は、声を掛けてきた方向に振り向く。
そこには歳の頃は僕と同じくらいの男の子が、片手を上げて立っていた。
背は僕よりすこし高いくらいで体形は痩せ型。
ラフな服装。
一見、不良のようにも見える。
目鼻立ちは整っていて、髪の毛は寝ぐせだろか、グシャグシャっとしている。
ひときわ目立つのは透き通るような白い肌。
そして印象的なのは、澄んだ瞳。
トクン……。
吸いこまれそう。心臓が高鳴る。
僕は一瞬でこの子は好感が持てる。と直感した。
でも、誰だろう?
僕の名前を知っている。
僕は以前に、ここからそう遠くない所に住んでいたことがある。
もしかして小学生の時の同級生かな?
でも、こんな面影の友達いたかな。
全く思い出せない。
「誰?」
僕は思わず彼に問いかけた。
「あれ? 俺のことわかんないの?」
彼はがっかりした表情をした。
「ごめん」
僕は素直に謝る。
「まぁ、いいか」
彼はやれやれというポーズをとった。
多分、小学生の時の同級生だ。
だから、そんなに悪い人じゃ無いはず。
僕はそう判断した。
彼は言った。
「今日はちょっと頼みがあるんだけど」
「えっ?」
いきなりで戸惑う。
「ついてきて」
彼は僕の返事を待たずに歩き出す。
「うん」
しようがないな。
でも、少し話していれば名前を思い出すかも知れない。
そんな風に考えていた。
彼は、駅前のロータリーへ向かった。
しばらく歩くと彼は言った。
「ほら、あそこ見てみろよ」
指差す方を見る。
駅の改札口に屋台の出店が出ている。
「屋台?」
「ああ」
「いい匂いするよね。イカ焼きかな?」
僕は鼻をクンクンさせる。
「そう、それ。イカ焼き!」
彼は嬉しそうに指をパチンと鳴らした。
しばらくの間、僕達は遠目で屋台の様子をうかがっていた。
人がひっきりなしに来る。
ずいぶんと繁盛しているな。
僕は彼を見た。
おとなしくジッとしている。
屋台の様子を観察しているようだ。
「ねぇ、もしかして、食べたいの?」
「うっ、うん。ちょっとな食べてみたいなぁ、って思ってな」
何故か恥ずかしそうだ。
「一緒に買いにいく?」
「実は、もってないんだ」
何を? と聞こうとして気が付く。
「お金?」
「ああ、うん……」
だんだん彼の意図が分かってきた。
「まさか、頼みって、イカ焼きを食べたいの?」
「うん」
彼は目を伏せて言う。
クスっ。
ちょっと生意気な話し方をするけど、子供みたいで可愛い。
ふふふ。お金が無いけど食べたいんだ。
それで小学校時代の友達にねだるとか、同級生ながら可愛い過ぎる。
それに、ちょっと頬を赤らめちゃってさ……。
やばい。
無性に頭をなでたくなってきた。
あと、ギュッと抱きしめたい。
ふと、幼なじみの男の子の顔が思い浮かぶ。
ううん。
これは好きとか嫌いじゃないんだ。
子供を可愛がるのと同じ。
だから、浮気とかじゃないから……。
そんな、僕の様子なんて意も返さず、彼はイカ焼きの屋台を一心に見つめている。
しようがないなぁ。
そんな真剣な目をされては、断りずらい。
ここは、おごってあげるとするか。
まてよ……。
ちょっと意地悪しちゃおうかな。
僕は彼に言った。
「ねぇ、奢ってあげてもいいけど、その代わり、頭をなでさせてよ」
同級生相手にちょっとやり過ぎだったかな……。
さすがに怒らせちゃったかもしれない。
言ってから少し後悔。
でも、彼は表情をぱぁっと明るくした。
「おう。本当か? いくらでも撫でていいぞ。よっしゃー!」
「あれ? いいの?」
「いいぞ。さぁ、めぐむ。買いに行こう!」
「ちょ、ちょっと、まってよ……」
彼は僕の手を取り、屋台の方へ歩き始めた。
なんか、調子が狂うな。もう!
「すぐに食べよう! はやく! はやく!」
「まだだめ! 公園で! いいよね?」
「あーもう! じゃあ、早く行こうぜ!」
僕は、彼に急き立てられ公園に戻ってきた。
二人ベンチに座る。
僕は、イカ焼きを半分に分けて、彼に渡した。
そんな様子を彼はおとなしく見ている。
「ほら、半分ね!」
彼の目が輝いている。
「すまない、めぐむ。あっつ……」
口に入れたイカ焼きをいったん出す。
「ぷっ、気を付けて!」
僕は笑いながら、ナプキンを手渡す。
「わるい……」
彼は口を拭きながら、イカ焼きを大事そうに、ふー、ふー、息をかけている。
キュン。
やっ、やばい……。
なんという可愛さ。
思わず頭をなでようとして、手をひっこめた。
あぶない、あぶない。
さすがに、同級生の頭をなでるとかないな。
今日の僕はちょっとおかしい。
さすがに自覚した。
そう思って、僕もイカ焼きに手を付けた。
手を添えて口に持っていく。
「美味しい!」
僕は思わす声をだした。
「うまい。うまいぞ、イカ焼き!」
彼も、やっと食べれたようだ。
僕は、もしかして、と思って彼に尋ねた。
「ねぇ、イカ焼き食べたの初めて?」
「お、おう。悪いか?」
「いや、悪くないけど。そうなんだ」
すでに、口の周りをタレで汚している。
キュン。
だめ……。そういうの僕は弱いから。
拭くぐらいなら良いよね?
僕はさりげなく、ナプキンで彼の口を拭いてあげる。
「いいよ、やめろよ……」
口で言うほど、嫌がってない。
大人しく口をすぼめて、僕が拭くのに任せている。
あぁ。
なんか、幸せ。
やばい。
やっぱり、今日の僕は、なんか変だ。
僕達がイカ焼きをムシャムシャ食べていると、大声でガヤガヤ話す一団が公園に入ってきた。
何事かと、ちらっとそちらを見た。
中心にリーダーとおぼしき大男。
あとは取り巻きの仲間が数人。
チンピラ!?
時折、ゲラゲラと下品な大笑いをして、公園中に存在をアピールしている。
僕が一番軽蔑する種類の人達。
絡まれないようにしなきゃ……。
僕は目を合わせないように、うつむいた。
公園にいる他の人達は気に掛ける様子もない。
気が付かないフリをしているのかも。
その一団の一人が、こちらを指さした。
すると、すぐに、その一団はまっすぐこっちに向かってきた。
僕達の前で止まった。
まっ、まずいよ……。
僕は怖くて目をつぶる。
集団のリーダーと思われる大男は言った。
「おい、ユキじゃないか?」
ユキ!?
僕は彼を横目で見た。
彼は、イカ焼きを食べる手を止めて、大男を睨んでいる。
そうか、ユキっていうのか。
あれ? 名前を聞いてもちっともピンとこない。
おかしいな……。
でも、僕はそんなことより、この圧倒的な威圧感の大男に釘付けになった。
ラグビーや柔道といった選手の体型。
目つきや風貌を察するに、かなり柄が悪そうだ。
やばいよ。絡まれたくない……。
「ねぇ、ユキ。逃げよう……」
僕は、彼をユキ、と咄嗟に呼んでいた。
ユキは気にかけることもなく答えた。
「大丈夫、めぐむ。俺に任せておいて」
「おい、ユキ! 兄貴が話しかけているんだ。無視とはいい度胸じゃないか!」
仲間の一人が言った。
間髪入れず、大男が怒鳴る。
「おい、いいから引っ込んでろ!」
「へい」
その仲間はすごすご引き下がる。
大男は一歩前に出た。
「なぁ、ユキ。うまそうなもの、食っているじゃないか。俺にも食わせろよ。へへへ」
ユキは、すくっと立ち上がり大男の前に立ちふさがった。
「ここは、お前の来るところじゃないだろ、レオ」
レオ?
大男は、レオっていうのか。
名前かあだ名か知らないけど、なるほど、たしかにレオって感じだ。
僕は事の成り行きをドキドキしながら見守っている。
「ハハハ、ご挨拶だな、ユキ。ところで、最近リクを見かけないな。どこへいったんだ?」
「どこだっていいだろ。レオ、お前には関係ないだろ」
レオの凄味にもユキは全く動じていない。
かっこいい!
ユキって、こんなにも頼もしいんだ。
こんな状況にもかかわらず、僕は胸をときめかせていた。
とはいえ、いくらユキが勇敢でも、この体格差。
やられちゃうよ。
ユキ、やめて……。
僕は、早くこの場が収まるように祈った。
レオが口を開く。
「関係はあるさ。リクは俺のおきにいりなんだから。ところで、そっちのは誰だ?」
えっ!?
ぼっ、僕?
僕はそっと顔を上げると、レオが凄味を利かせて睨んでいるのが見えた。
固まって動けない。
声を出そうにも、声が出て来ない。
そんな僕を見たユキが代わりに答えた。
「こいつは、関係ねぇよ」
レオは僕の顔に近づきじっと僕を見る。
怖いよ……。
品定めをしているかのようだ。
僕は震えが止まらない。
「へぇ、そっか。なかなか可愛い顔しているじゃないか」
レオは僕のあごをしゃくる。
「おい、めぐむに、近寄るなよ!」
ユキが怒鳴る。
レオは僕から手をはなし、せせら笑う。
「まぁ、そう睨むなよ。へへへ。じゃあな。おい、いくぞ!」
「へい。兄貴」
一団は公園から出て行った。
僕は、力が抜けてヘタヘタと座った。
ユキが震える僕の肩を抱いてくれている。
やさしい。
そして、温かい。
「めぐむ、怖かったか?」
「う、うん」
僕はやっと声が出せたことに気が付いた。
ユキはすまなそうに言った。
「ごめんな、あいつ、最近見かけなかったんだけど、またこの辺うろうろしだしたみたいだ。なんかあったら俺に言えよ」
僕は素直に頷いた。
あっ、そうだ。
名前の事。
僕は、口を開く。
「ねぇ、君の名前、ユキっていうの?」
「まぁな。名前なんてどうでもいいんだけどな」
なんか、意味深な言葉。
もしかしたら、ユキって呼ばれるのは嫌なのかもしれない。
でも。
思い出せない。
ユキって名前の同級生。
僕は素直に言った。
「でも、ごめん。君のこと思い出せないや」
「いいってことよ。ユキって呼んでくれていいよ」
「うん。わかった」
もう、日が落ちている。
そろそろ帰らなきゃ。
ユキはそれを察したようだ。
「今日はありがとな、めぐむ。またな」
「うん。またね、ユキ」
僕はユキに手を振り公園を後にした。
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