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サイドストーリー1 チェリーフレンズ(3)

6月も半ばを過ぎた。 僕はついに雅樹とキスをした。 唇が触れただけのキスじゃない。 体の芯が熱くなってとろけてしまうようなキス。 嬉しくて、嬉しくて、この気持ちを早くだれかに伝えたい。 僕は梅雨の合間を見計らって、チェリー公園へ向かった。 今日は珍しく駅に屋台が出ていたので、イカ焼きを買った。 ベンチに座っていると、いつの間にユキが僕の隣に座っていた。 「いい匂いだな、めぐむ」 匂いにつられてきたんだ。 なんていい鼻なんだ。おかしくてクスっと笑う。 「あっ、ユキ。まってたよ」 「なんだ? 俺に用事か?」 「うん。話をしたくて」 「その前にちょっとくれよ、イカ焼き」 「うん、どうぞ」 僕はイカ焼きのパックをユキに渡す。 ユキは熱くないのを確認すると、あーん、といいながらイカ焼きを口に入れる。 モグモグしながら言った。 「うまっ!」 そして、一通り食べ終わると、指先をペロっと舐めた。 僕はそのユキの一連のしぐさを、ほのぼのと見ていた。 ああ。 どうして、こうもユキはかわいいのだろうか。 見た目はどちらかというと男くさいし、かわいい要素は瞳ぐらいだ。 口調も生意気だし、上から目線だし、基本的には威張っている。 でも、なんだろう……。 そんな口調や態度が余計に可愛さを増長させている気がする。 たまに、むしょうに頭を撫でたくなることがある。 「で、話ってなんだよ」 ユキの言葉に、はっと意識を引き戻される。 あぶない。 当初の目的を忘れるところだった。 「実はさ、僕もついに彼とキスしたんだ。熱いやつ!」 僕はキスのシチュエーションやどんなに気持ちがよかったのかを身振りを交えて話した。 「やったじゃないか。めぐむ。おめでとう!」 ユキは自分事のように喜んでくれる。 やっぱりユキだ。 話してよかったと思う瞬間。 「ありがとう。もうさ、夢みたいでさ」 「わかるよ。その気持ち」 ユキはうんうん、頷いている。 そういえば、あれ以来、リク君を見かけていない。 僕は気になってユキに尋ねた。 「ところで、リク君は元気?」 ユキは顔を曇らせる。 「それがさ、あいつ、最近みかけないんだ」 「ええ?」 「どうしてか、わからない。俺に黙って消えるなんて考えられないし……」 どうしたんだろう? あんなに愛し合っていたんだ。 そんな簡単にどこかに行ったりしないだろう。 僕はふと、思いついたことを言葉にした。 「まさか、レオってひと……」 「そのまさかは俺も考えている。あいつがリクをさらっていった、って可能性もないことはない」 ユキは心配気に宙を見る。 僕はそれを察して言った。 「心配だね」 「あぁ。リクのことで何か分かったら教えてくれ。めぐむ」 「うん。分かった」 ユキは立ち上がると、手を挙げた。 「じゅあ、またな」 「またね」 僕も小さく手を挙げて、左右に振った。 それから数日後。 学校ではスポーツ大会に向けた種目決めが行われた。 僕は狙ったとおり、バレーボールに決定した。 まずはよかったといえる。 でも、それはそれで不安だ。 バレーボールは中学の体育の時以来していない。 どこかで練習できないかなぁ。 僕は、学校帰り、そんなことを考えながらチェリー公園を横切ろうとしていた。 僕は視線を感じた。 辺りを見る。 すると、男の子が僕を凝視しているのに気が付いた。 あれ? どこかで見たような。 あっ! リク君だ。 リク君も、僕と目が合って、意を決したように僕に近づいてきた。 背丈はやっぱり、僕より少し小さい。 目が大きくて愛らしい顔立ち。 半ズボンが眩しい。 かわいい。 やっぱり、小学生かな? 「あの。あなたは、めぐむさんですよね?」 あれっ。 想像より大人びた話し方。 もしかしたら見た目より歳はいっているのかも。 中学生、いや、実は高校生? 僕も丁寧に応対する。 「君はたしかリク君だよね?」 「はい。僕はリクと言います。めぐむさんのことは前にユキさんに聞いていて……」 へぇ。 ユキのことはさん付けなんだ。 なんか違和感あるな。 僕はリク君をベンチに誘う。 「座って。どうしたの? ユキが心配していたよ」 「いいえ、ここで」 リク君は、急いでいるようだ。 「実は、めぐむさんにユキさんへの言伝をお願いしたいんです」 なるほど。 理解した。 ユキを待っていたけど、来なかった。 困っていたところへ、僕が来た。ということか。 「言伝ね。分かった。言ってみて」 「はい。僕は引っ越すことになったんです」 「えっ、引っ越し?」 僕は驚いて聞き返す。 「はい」 リク君はまっすぐ僕の方を見て言った。 真っ先に思い浮かんだのは、ユキの悲しむ顔だ。 あんなに愛しているのに、別れ離れになってしまう。 辛い。 僕もユキの悲しむ姿を見るのが辛い。 リク君もつらいのだろう。 でも、今はユキにそれを伝えるのに必死になっている。 それほど、大事ってことなんだ。 公園の奥の入り口付近から、女性の声が聞こえた。 誰かがこっち向かって手を振っている。 「おーい、リク。ちょっとしたら戻るから、そこにいなさい」 「はーい。わかりました」 リク君は声を張って答えた。 僕はリク君に尋ねた。 「お家の人?」 「はい。少しの間だけしか、ここにいられないんです」 僕に懇願するように言った。 「それで、ユキさんに伝えてもらえないでしょうか?」 そんなこと、答えは決まっている。 僕は、「わかった」と言いかけた。 でも、何者かが、僕の言葉をさえぎった。 「おいおい、なんで俺に直接言わないんだ?」 ユキだ。突然、僕達の前に現れたのだ。 「ユキさん……」 リク君は驚いて目を見開いた。 束の間の沈黙。 そして、リク君はユキの胸に飛び込んで、泣き出した。 「話は聞いていたぞ。引っ越しか……」 ユキはリク君を優しく抱きかかえている。 「うん……」 そう言うと、リク君はわんわん泣き崩れた。 我慢していたものが堰を切って溢れた。 そんな感じだ。 僕との会話は気丈に振る舞っていたんだ。 なんて、健気。 一方、ユキはリク君の頭を優しくなでてあげている。 しばらくすると、リク君はすこし落ち着いてきたのか、しゃっくりが収まってきた。 ユキは尋ねた。 「無理矢理か?」 「ううん。そんなことない」 「そっか」 ユキは尚も、リク君の頭をなでている。 ユキのリク君への優しさが僕にも伝わる。 あぁ。 ユキは本当にリク君を愛しているんだ。 そして、リク君もユキのことを……。 それなのに、このお似合いのカップルを分かつことになるとは。 なんて運命なんだ。 切ない……。 「ユキさん、ごめんなさい。一緒にいられなくなります。ぐすっ」 そう言うと、リク君はまた泣き出した。 「泣くなよ。それって、リクにとっていいことなんだろ?」 「うん」 僕はこれ以上はお邪魔だろうと、二人から離れようとした。 それをユキが止める。 「おっと、めぐむ。気を遣わないくていいぞ。ここにいてくれ」 僕は、コクリとうなずいた。 しばらく二人は抱き合っていた。 ユキが意を決したように言った。 「最後に、キスさせてくれリク」 「はい、ユキさん」 そして、二人は見つめ合い、唇を重ねた。 僕は顔を伏せて、ただ、ただ、悲しくて、やるせない気持ちでいた。 どのくらい経っただろうか。 二人は互いの愛を確かめあうように長いキスをしていた。 そして、唇が離れ、互いに見つめ合う。 僕は、二人が吹っ切れたように見えた。 いや、そう振舞っているだけなのか。 清々しく、晴れ渡った顔をしている。 「リク、俺は応援するぜ。頑張れ!」 ユキはリク君の肩をポンと叩いた。 「ありがとう、ユキさん」 リク君のユキを見上げる瞳はキラキラと輝いているように見えた。 リク君は何度も振り返りながら、奥の入り口へ歩いていく。 手を振っていたユキは、「やっぱり、寂しいな」と泣きそうな声で言った。 「うん」 僕はそれだけ言うと、ユキの手をぎゅっと握ってあげた。 「ありがとう……」 ユキの小さい声が聞こえた。 「たっ、助けて!」 そこへ、突然、リク君の悲鳴が耳に入った。 僕とユキは目を見張った。

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