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初めての…(5)
「体調が芳しくないので下着は下ろさなくて構いません。10叩きますので数は声に出してしっかり数えてください。逃げたり私の手を遮ったりすれば0からやり直しです。
念の為セーフワードを決めておきましょう。本当に辛くなったら仰ってください。」
セーフワードとはSubの安全を守るためのものであり、プレイやお仕置きの際にSubが限界を超えたら言うものである。それをSubが言うとDomはどんな行為をしていても中止するという約束だ。
セーフワードは"たちばな"に決まった。
「それでは始めますよ。」
手を軽く振り上げ、すみれの太ももに載せられた皐月のお尻を捉えて叩く。
パシッと音が響いた。
「っ痛…い、いちっ」
続いて2回目の音が響く。
「っに…ぃ…」
やがて順調に5回目まで数えた頃に、お尻の痛みが大きくなってきた。いくら下着を履いているとはいえ、布1枚では何も抑えられない。
「…ろくっ…はぁっ…」
残り4回、半分を超えて少し安堵し息を吐いた時だった。
「…ななっ…っん……?」
7回目。何か変な気分だ。
「っはちっ…ふ…うっ…やっ…なんか…へんっ…」
確かに痛いはずなのに、少しそわそわした気分になる。
「プレイやお仕置きの最中にSubが気持ちよくなってしまうのはよくあることです。そのまま身を委ねて。」
とてもお仕置き中とは思えないぐらい優しい声で囁く。
「きゅ…う…」
ふるふると震え始め引けそうになる腰を必死で抑える。
「じゅうっ…はっ…はぁ…」
最後の1回乾いた音を慣らしたすみれの手は、すぐに皐月を労る手に変わる。
「よく我慢しましたね。」
小刻みに軽く震える皐月を抱き起こし、背中を撫でながら深呼吸を促す。
サイドテーブルの上の、お仕置の前に用意していたのであろう保冷剤を包んだタオルをそっと皐月のお尻に当てる。
「本当によく頑張りました。しっかりケアもしますからね。」
叩かれてじんわり熱を持った部分が冷やされて気持ちいい。幾分か楽になった皐月からほぅっと息が出て力が抜ける。
お仕置きを受けたSubにアフターケアやご褒美は必須だ。これが無ければ、サブドロップという、疲労感に包まれたり、虚無感にトリップする状態になってしまうことがある。
反対に、上手くお仕置きとアフターケアをすれば、Subは多幸感に包まれ、ふわふわとしたお花畑気分になる。これをサブスペースという。
すみれの手が皐月の頭を撫でて、ふわふわした気分になる。気持ちがいい。瞼が少し重い。
「軽いサブスペースに入れているみたいですね。気分はどうですか?」
「サブスペース…初めてだな…凄くふわふわして気持ちいい…あと眠い…」
そう、皐月はちゃんとサブスペースに入ったことがない。
本来なら、第二性別の診断がDomかSubで出た者は、定期的にダイナミクス専門のクリニックに通うことを推奨されている。DomとSubそれぞれに専門のクリニックがあり、欲求を発散することが出来る。そこで軽いプレイを経験して少しずつダイナミクスと向き合っていくのだ。
だが自分がSubであると認められない皐月はクリニックに行ったことがない。パートナーもいなかったのだから、プレイ自体したこともない。
「ふふっ眠ってしまっていいですよ。その年齢で初めてというのも珍しいはずですが、まあ、皐月様は今までちゃんとしたプレイをしたことがないですから仕方ないですね。」
軽く笑ったすみれの方へ目を向ける。
すみれの顔色が少し良くない気がする。それもそのはずだ。Subであるすみれは本来ならお仕置きやケアを受ける側であり、行う側になることはない。従いたい、庇護されたいと思うSubであるすみれが、皐月のために無理をしてでもお仕置きとケアをしてくれたことが分かる。
「今度はすみれの顔色が悪い。大丈夫?」
「私は大丈夫ですよ。ケアをして頂ける相手がいますから。」
皐月を安心させるために嘘をついているようには見えない表情で、微笑みを浮かべてそう言った。
すみれにそういう相手がいたなんて知らなかったが、それはすみれのプライベートだろうと思って深く追求はしないことにする。
もしも自分にもそういう相手がいたならば。
もしもこれを、あのDomにされたらどうなるのだろうか。そんなことを考えて、どきどきと少し早くなった鼓動は無視することにした。
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