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第67話 季節外れの海

「海 見てぇな」 康太は副社長室の窓から外を見て呟いた 「海 行きたいのですか?」 榊原は康太に問い掛けた 「海 見てぇんだよ」 康太はニコッと笑った 「解りました 僕が見せてあげます」 榊原は立ち上がると帰り支度をした 「………伊織?」 「さぁ、海を見に行きますよ」 榊原は康太の手を取った 「……え?………ええ?……」 榊原は康太を抱き上げてエレベーターに向かった あれよあれよ……と言う間に 康太は地下駐車場まで連れて行かれ、榊原の車に乗せられた 「伊織……無理しなくて良い……」 康太は榊原を見た 仕事の足は引っ張りたくなかった 大学も2年に進級を決めて単位を取るのに忙しい 榊原に負担を掛けたくなった 「僕は君以外に大切なモノなどないのです 君がいるから飛鳥井の家は護りたいですが、君を蔑ろにしてまでやる気は皆無です 君が海をみたいと言うなら、僕は見せます ギリシャの海が良いと言うなら僕はギリシャにだって行きます! 君の望みを 叶えられずに、仕事をしていても……仕方ないんです!」 「………伊織……ありがとう……」 「夏には早い…… 春の海も……良いものですね 海岸を手を繋いで歩きましょう」 「………ん……伊織と手を繋いで歩きたい……」 榊原は康太に口吻を落として…… 車を走らせた 茅ヶ崎の海を目指して走って行った 榊原は茅ヶ崎まで車を走らせた 海に着いたのはお昼過ぎだった シーズン前で人影はまばらだった 犬が海岸を元気に走っていた 車から下りると、榊原は助手席のドアを開けた 「着きましたよ」 康太をエスコートして車から下ろすと、ロックした 手を繋ぎ、海岸へ向かった 風が強くて…… 肌寒かったけど…… 繋いだ手は熱かった 「……君の見たかった海です 九十九里が良かったですか?」 「伊織と見れるなら何処でも構わねぇよ」 砂浜に足を取られながら二人で歩く 康太は榊原を見上げた 「伊織……ありがとう」 浜辺に歩いて行くと榊原が 「靴を脱いで、海に入りますか?」 と聞いてきた 「……良いの?」 「良いですよ せっかく海に来たんでからね」 波が来ない浜辺に靴と靴下を脱いで、波打ち際を歩いた 冷たい波が足を濡らした 康太は海に向かって走って行った 「康太、そんなに行くと濡れますよ」 「大丈夫だってば!」 「波は後から大きいのが来るですよ?」 「来ないってば」 夢中で波と戯れる康太の腰を引き寄せたかった でも……康太は人目を気にする 「うわぁ!やべっ!」 ザバァァァァァン! 大きい波が康太の足を掬う バランスを崩しそうになった康太を抱き止めた 「………うわぁ!…下着まで濡れた………」 勿論………榊原も濡れた 「………ごめん伊織……」 「………本当に……君から目が離せません……」 「………お尻……気持ち悪い……」 「………おもらし……したみたいですね二人して……」 「伊織……抱き締めてたら……目立つてば……」 「君が波にでも攫われたら……僕は生きては行けません……」 「伊織……日が沈む…… 晴れてたら……綺麗な夕陽が見えるだろうにな……」 「今度、晴れた日に連れてきてあげます その時は子ども達も連れて来ましょうね あの子達は海は初めてですからね驚きますね」 「………伊織……愛してる……」 「僕も愛してます」 「………あの水平線の向かう…… 子供の頃行ってみてぇと想った だけど今は……伊織のいねぇ場所には行きたくなんかねぇ…… そう想うんだ……」 「僕も君のいない所になんか行きたくないです……」 男同士が…… 波に打たれ……抱き合う様は…… おかしく映るかも知れない でも……そんなこと気にならなかった…… 「寒くないですか?」 「……風も出て来たし…… 波も高くなって来たかんな」 「車に戻りますか?」 「……ん……」 海から上がると、犬が康太と榊原の回りを走りだした 何匹も…… 何匹も…… 犬がやって来る 不思議に想ってると飼い主がやって来た 「生きてればさ……良い事あんぜ」 「土左衛門は辞めときなさい ブヨブヨよ!」 「死ぬ気なら……この世で添い遂げれば良いじゃねぇか!」 口々に慰められた 康太と榊原は顔を見合わせた 「………誤解……されてる?」 康太は小さい声で呟いた 「………みたいですね……」 榊原は困った顔をした それでも暖かい思い遣りが嬉しかった 康太と榊原は深々と頭を下げて、車へと向かった 車に乗る前に、足の砂を払い、靴下をはいて靴を履いた 車に乗り込むと榊原はファーンとクラクションを鳴らした そしてベンツを走らせて、海を後にした 「……心中しねぇかと心配されてたのか? オレ達……」 「………みたいですね……」 榊原はクスッと笑った 「オレ、伊織となら地獄に逝っても良いかんな!」 「僕だって君となら地獄だって、魔界だって黄泉だって、何処へでも逝きたいです」 「………それって……何時でも逝けるやん…… 新鮮味がねぇのはオレ達だけか?」 榊原は大爆笑した 「そうですね……龍になれば君を乗せて逝けますからね!」 「青龍に乗れるなら新鮮かもな…… オレ……青龍になら乗りてぇ あの綺麗な鱗一枚にもときめくかんな」 「………ホテルに車を突っ込みたくなる台詞は危険ですよ?」 康太は笑った 「………海が夕陽に染まってる……」 「また連れてきてあげます」 「お前と逝くなら何処へでも逝きてぇ……」 「離しませんからね」 「………ん……オレも離れねぇ……」 太陽を覆う雲の隙間から差し込む幾層もの光が漏れる エンジェルラターは許された魂が天へと上れる許された階段だった 康太は許されし魂が上って逝くのを見ていた そして榊原の手をギュッと握り締めた

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