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第115話 夏海
夏海は窓の外を見ていた
窓の外は……人の世とは違う景色だった
全く人の世と違うかと言うと……
そうではない
煉瓦の道路とか洋館造りの家とかは……
どことなく中世のヨーロッパのたたずまいに見えた
太陽が上がらぬ魔界は……
何時もどんより薄暗い
かと言って凄く暗いのかと言えば……
そうでもない
太陽が昇らない変わりに……太陽の変わりの太陽石と言うのが魔界を照らしていた
朝になると太陽石は街を照らす
夜になると太陽石は沈み……魔界は闇に包まれ夜光石がぼんやり足下を映す
霧雨が降る時もあれば
何日も降らぬ時もある……
生活は人の世でしてたのと変わらない
雅龍が役務で稼いで給料を貰って来る
龍は成人を持って独立する
と言われるだけ在って雅龍は家を持っていた
不在だったから建て直したと言われた
今は洋館の二階建ての家に住んでいた
雅龍のお給料で……生活をする
電気はないから火を灯す油を買う
生活全般はお店があって、そこで買う
人の世と何も変わらぬシステムに……
本当に此処は魔界なのか……
不思議になる
人の世に似てても……
此処は人の世じゃない
街を歩くのは魔族のモノ
姿カタチは違う
そんな時……魔界に来たんだ……と夏海は想う
銘が夏海の家を尋ねた
「夏海、お買い物行った?」
「まだなの……」
「なら見ててあげるから行っておいでよ」
銘は何時も夏海を気に掛けてくれる
何故なのか聞いたら
『炎帝が夏海となら誰よりも仲良くなれると言ってくれたから……
私が生きてる総ては炎帝がくれたものだ……
炎帝がいてくれるから私は生きてられる……
夏海は……女神をやめて初めて出来た女の友達なので……私は嬉しくて……
夏海は迷惑だった?』
銘にそう聞かれて「迷惑じゃないよ!」と言った
銘がいてくて心強い……
お買い物に行く
魔界にはスーパーみたいな店舗はない
市場みたいな店が、露天で並んでいた
夏海は雅龍に龍族の食べる料理を聞いた
雅龍は「夏海の好きに作って構わない」と言った
以来夏海の作る料理は何でも美味しいと言って食べてくれていた
銘は女神していただけあって……
夏海よりも魔界の事を知らなかった
『私は魔界に生まれただけ……』
銘は哀しそうにそう言った
詳しい話は知らないが複雑なのは解った
銘に子守をして貰ってる間に買い物に行く
慌ただしく買い物をして還ろうとすると……
目の前を懐かしい人が歩いてきた
「夏海!元気か?」
そう尋ね近寄って来るのは飛鳥井康太だった
魔界の名前は炎帝
閻魔大魔王の弟と言う四大勢力のトップだった
「………康太……」
「夏海、お茶でもしねぇか?」
「………え?お茶……ですか?」
「そう!炎帝の家で茶でも飲もうぜ!
手綱を離すんじゃねぇぞ!」
そう言うと康太は夏海を馬に乗せた
天馬は夏海を乗せて駆けて行った
康太は榊原の後ろに乗っていた
炎帝の邸宅につくと、康太は夏海の手を引っ張って家の中へと行った
玄関を開けると雪が出迎えてくれた
「雪、夏海だ!
宜しくしてやってくれ!」
康太が言うと雪は
「雪に御座います
夏海さんですね宜しく御願いします」とご挨拶した
応接間に通されてソファーに座るとお茶が出された
「魔界の生活に慣れたのかよ?」
「………はい。……慣れました」
「夏海、魔界の料理を覚えたいのなら、雪に聞くと良い」
「………え?……」
「雪は夏海よりも少し早く魔界に来たんだ
雪は産まれる前に親に呪詛を掛けられてた
真っ赤な髪に角を持って産まれた雪は……
産まれた瞬間喋った……
オレは雪を半分にした
雪の体躯は北斗と名付け人の世に残し
異形の姿の雪は魔界へ送った
以来、オレに仕えてくれてる
雪は魔界に来た時何も知らなかった……
夏海と同じだ……」
「………康太……雅龍は不平不満は何も言いません……
でも私は雅龍に……魔界の料理を食べさせてあげたいのです……
だけど……誰にも聞けない……」
「夏海、銘は何も知らねぇだろ?」
「………はい。掃除洗濯はするみたいですが、料理は地龍が作ってるそうです……」
「銘はな……閻魔の娘と言われてるが……
女神が夫以外の男と契って……産まれたんだよ
だから銘は兄者に……引け目を抱いていた
女神の泉で朽ち果てる事を望んでいた
それを地龍の妻に据えて……力を全部奪った
だから銘は何も知らない
教えてやれよ夏海
夏海も雪に料理を教わったなら銘に教えてやれよ!
二人はそうして仲良く生きて逝ってくれと……オレは願ってる……」
「………康太……心細かったです……
自分で選んだ道ですが……
人の世とあまりにもかけ離れている……
雅龍は何を食べたいんだろう……
そう思っても……私は魔界の料理は出来ない……そんな時……哀しくって……心細かったです」
「雪、夏海に料理を教えてやれよ!」
「解りました!
夏海さん、エプロンしたら来て下さい」
雪はそう言いキッチンに夏海を連れて行った
康太は式神を金龍へと飛ばした
暫くすると雅龍が炎帝の邸宅にやって来た
榊原が雪に変わって玄関のドアを開けた
「……青龍……」
突然……青龍を目にして雅龍は慌てた
「いらっしゃい!中へどうぞ!」
榊原は雅龍を家へと招き入れた
応接間へと逝くと康太がソファーに座っていた
「………炎帝……還っておいででしたか……」
「雅龍、おめぇ好きな食べ物は何よ?」
「コウモリのスープです」
「………コウモリのスープ……」
康太は想像して榊原の胸に顔を埋めた
「龍族は好物なのです」
「おめぇも食いてぇか?」
「…………僕は……それが嫌で……早く家を出たかったのです……」
康太は切り取り直して
「他には?」
「トカゲの丸焼きです!」
トカゲ……丸焼きで食べるのか……
「他は?」
「3日間煮込んだ大蛇の煮物」
康太は立ち上がった
………想像を遙かに絶していた
「………青龍……お前も好物なのか?
好物なら作らせる……」
「炎帝……僕は……それが嫌で早く家を出たかったのです……
龍族の食べ物は……僕には合いません
僕は……それを食べる位なら……
霞でも食べてます……」
「雅龍……お前が夏海に料理を教えなかったの………やっとこさ解った…」
夏海にコウモリやトカゲや大蛇を料理させたくなかったのか……
雅龍は「夏海に……そんなの触らせられません!」と言い切った
「ならさ雅龍……もう少し料理しがいのあるの……ないのか?」
「市場で買える鳥の手羽先好きです」
「………そうか!そう言うのを夏海に言えよ
青龍……オレ……ダメだわ
コウモリのスープやトカゲの丸焼き、3日間煮込んだ大蛇の煮物を想像して……吐く…」
榊原はトイレに駆け込んだ
そして康太を吐かせた
「………お前が食いたいならオレはどんなことしても作るかんな!」
「………僕は大嫌いなんです……
怪鳥の手羽先とか出されたら……吐きますよ」
「………青龍……愛してるかんな……」
「僕も愛してます」
二人は抱き合っていた
雅龍はそんな変な食べ物は言ってないのに……
と、想った
「雅龍……キッチンを覗いてみろよ」
と康太は教えてやった
雅龍はキッチンに向かった
すると夏海が魔界の料理を雪に教えて貰っていた
魔界の定番料理
木の実のスープと月桂樹の紅茶
そしてシーラカンスの煮付け
夏海は必死に覚えていた
雪は「雅龍さんは生粋の龍族の方なのでコウモリのスープとか好きかと想います
ですけど今うちにはコウモリはないのです
今度教えます!」
「本当に?約束よ」
夏海は笑っていた
雅龍が「夏海」と声を掛けると夏海は物凄い笑顔になった
「雅龍、どうしたのですか?」
「炎帝に呼ばれて来た」
「雅龍、このお料理貰って逝って良いって
私、貴方が好きな食べ物覚えるからね!」
「………夏海……無理しなくて良い……」
「コウモリのスープ、作り方覚えて作るわ
後好きなのある?」
「トカゲ丸焼き……」
「作るわ!」
「3日間煮込んだ大蛇の煮付け……」
「案外普通なので安心したわ
人間の内臓とか言われたら困るけどね
トカゲや蛇なんて平気よ!」
「………夏海……」
「私は雅龍の奥さんなのよ?
夫の好きな料理を食べさせてあげたいの
だから好きなのをちゃんと言って?
私、雪ちゃんに聞いて作るから!
ちゃんと言って……御願い……」
雅龍は夏海を抱き締めた
「……夏海……お前に苦労を掛けたくないんだ…」
「苦労だなんて思ってないよ?」
自分が好きで選んだ道なんだもん
夏海は何時も胸を張って……そう言う
雅龍はそんな夏海に幾度も救われる
「……夏海……人の世と違う処へ連れて来た…
魔界で暮らすのは大変であろうに……
お前は何一つ愚痴を言わない……
それどころか俺に尽くしてくれている……」
雅龍は夏海を抱き締めて……胸の内を総て言葉にした
「雅龍、私は後悔なんてしていない!
私は雅龍の奥さんだからね!
雅龍が食べたいの作りたいの………
雅龍は何でも良いって言うけど……
私は雅龍の好きなのを作りたいの!
毎日…雅龍と生きていたいの……
雅龍と共に生きる為に来たんだよ?
雅龍と我が子と……生きられれば幸せだから……」
夏海の強さに幾度も救われる……
「我も……夏海がいてくれて……
我が子と生きられれば……何も要らぬ…」
夏海は泣いていた
総て捨てて……雅龍と共に来た
雅龍の重荷にだけは……なりたくなかった
そう思い必死に生きてきた
「ねぇ雅龍、コウモリってどうやって手に入れるの?」
「………店で……売ってないのか?」
夏海は考えた
「………そんなの(売って)なかったよ?」
夏海が言うと雪が「コウモリもトカゲも大蛇も、自分で捕獲しに逝くのです!」と教えた
夏海は……自分で捕獲……と聞き……
私で捕れるの?と想った
雪は「僕、上手く捕獲出来たら夏海さんに差し入れします!」とニコッとして言った
「……なら……私も捕獲しにいく!」
「………夏海さん無理だと想いますよ?」
「……え?何で………」
「青龍の山の中腹の処の洞窟に逝くのです
人だった夏海さんは……大変だと想います」
大変なのは解る……
だけど雪ちゃん……私よりも小さいじゃない……と夏海は想った
「夏海さん……無理は止めた方が良いです
断崖絶壁の洞穴ですよ?
滑ったら命がありません」
「なら……止めるね!」
夏海が弱音を吐くと康太が顔を出した
「夏海、雪は天馬を駆けて取りに行くからな……着いてくのは止めとけ…」
「康太……」
「怪我したら大変だぞ?
雪も無理しなくて良い!解ったな?」
「はい」
雪はニコッと笑って返事した
「取り敢えず有名な魔界料理を雪に教えて貰え」
夏海もニコッと笑って「はい!」と返事した
「………伊織……オレ……寝るわ……」
コウモリのスープ
トカゲの丸焼き
3日間煮込んだ大蛇の煮付け
……が……康太の胃袋に重くのし掛かっていた
榊原は康太を抱き上げると
「雅龍、夏海を連れて還って下さい
康太は気分が優れないので寝させます……」
「青龍殿、お世話になりました」
雅龍は榊原に挨拶した
「雅龍、夏海、僕達がいなくても雪に逢いに来て下さい
雪は料理上手ですので聞いて貰えば雪も喜びます」
夏海は「ならまた訪ねて来ます」と雪に言った
雅龍も「また来ます雪くん!」と言った
雪は嬉しそうに笑っていた
「炎帝がお留守なので来客は物凄く嬉しいです!」
雪が笑うと夏海は雪を抱き締めた
母性が……哀しい魂を感じ取っていた
「雪ちゃん、仲良くしてね
銘も連れて来るからね!
お料理教えてね!」
「はい!」
夏海と雅龍は次の約束をして還って行った
康太は……中々立ち直れなかった
「………コウモリのスープってどんな味なんだよぉぉぉぉぉ~」
魘されていた
青龍も……コウモリのスープは食べた事はなかった
鍋に……コウモリの羽根が出ていて……
その日は食べるのを止めた思い出が……
強烈な想いをした魔界の里帰りだった
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