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第127話 【恋に落ちて…】栗田、恵太
栗田一夫は建築の勉強を働きながら続けていた苦学生だった
日中は大学で勉強して、夜は工事現場で働いて生計を立てていた
母親は栗田が高校の時に病気で他界した
父親は再婚して……新しい生活を持っていたから……頼る事はしなかった
大学の二年の時、建築中の現場に建築家の脇田誠一が見学に来ていて、栗田の働きぶりに惚れてスカウトされた
以来、脇田の事務所で脇田のサポートに当たっていた
当時の脇田誠一は賞を総ナメする程の勢いで怖いものなどなかった
かなり天狗になっていた
…………が、それが許される実力を兼ね備えていたから……
誰も何も言えなかった
そんな時、脇田誠一は飛鳥井康太に出逢った
飛鳥井康太はまだ小学生だった
なのに……脇田誠一のプライドをべし折った
「この程度の仕事か……」
あの……脇田誠一に飛鳥井康太はそう言ったのだ
脇田は怒りまくった
小学生低学年の子供に言われたくなどなかったから……
「私の仕事の何処が……この程度の仕事なのですか?」
脇田は食って掛かった
「脇田誠一、おめぇの引く図面は誰の為か解らねぇ……
子供がいる家庭に、こんなモデルハウスばりの無機質な部屋など求めてはいない
暖かさがおめぇの図面にはねぇんだよ!
チヤホヤされて天狗になるのは構わねぇが、仕事は顧客の為にするんだって忘れるな!」
当たり前の事に気付かなかった……
脇田はショックを覚えた
子供に……プライドも築き上げた実績も……
粉々にされた瞬間だった
栗田は脇田に
「ガキの言う事です……」
気にしなくて大丈夫です…と慰めた
だが脇田は首をふった
「彼は……飛鳥井家真贋と言われる子だ……
彼の目には……私の見えてなかった部分が見えた……
言われても仕方がない……」
自信もプライドも……粉々に散った脇田は見てられなかった
栗田は飛鳥井の家に直談判に向かった
出迎えた飛鳥井康太は、栗田が来るのが予測が着いたかの様に嗤った
「一夫、脇田の傍を離れろ!
おめぇは脇田の為にしてると想ってるが……
おめぇは脇田の為にはなってねぇ!」
甘やかして……駄目にしてると康太は言った
栗田はガクッと肩を落とした
「一夫、おめぇはオレの駒に収まる為に、誠一と出逢った……」
「………俺が……貴方の駒?」
「人生を共に生きてくれ一夫」
「はい!解りました!」
何故返事をしたのかは解らない……
自ら飛鳥井康太の駒になると……
返事をした
そして脇田誠一の傍を離れた
脇田は「栗田……」と悲しげに呼び止めるのを我慢していた
栗田がいなくなってから……
本当の意味で脇田はどん底を味わい這い上がって来た
今まで栗田に任せきっりだったのを自分でやらねばならなかったのは……
困ったが……
脇田はどん底から這い上がり、絶対の地位を手に入れた
あの時……栗田を手放さねば……
今の地位はないと脇田は想う
栗田は康太の駒として飛鳥井建設に入社した
必死に働いて当日付き合っていた女と結婚した
相手は……部下として働いていた女だった
忘年会で意気投合して気が付いたら一緒に寝ていた
それからズルズル関係が続き……結婚した
子供が産まれて……
父親として必死に働いて来た
日々……妻との冷めた関係が深くなって逝く……
その穴を埋めるかの様に働いた
そんな時……飛鳥井恵太がバイトで栗田の部署に入ってきた
栗田は一目惚れだった
まさか……男に惚れる性癖は持ってない……
と、想っていたのに……
恵太を見るたびに胸がときめいた
恋に落ちるのに時間は要らなかった
栗田に好意を持っている恵太を口説いて……
自分のモノにするのに……
栗田は経験がありすぎて
恵太は経験がなさ過ぎた……
恵太は栗田が結婚しているのを知らなかった
……騙された……と思った
「一夫……結婚しているの?」
「………誰に聞いた?」
「………この会社の人なら知らない人はないんだね
奥さん……一夫の元部下なんだ……」
恵太の瞳は裏切られ傷付いた瞳をしていた
言い訳なんて………出来なかった
冷え切った関係だとしても………妻がいて子供がいるのは……
真実なのだから……
そんな時、子供が怪我をして病院に運ばれた
そこで知らされた真実は………
我が子として育てていた子供が………
到底あり得ない血液型だった……と言う事だ
栗田は妻に「俺の子じゃ……ないのか?」と問い詰めた
妻は「………育てて来て貴方にはあの子に対しての愛情のもないのね?
自分の子か……他の男の子……と言う真実の方が大切なのですね……」と悲しそうに言った
「………別れよう……」
信じていたモノが崩れ去って逝く……
そんな時……
恵太が栗田に別れを告げた
「………一夫は何一つ教えてはくれない……
僕は……何時まで待てば……教えてもらえるの?
僕は何時まで待てば……貴方に帰らないで………と言えるの?」
栗田は妻と別れるつもりだった
だが……まだ戸籍は抜けてはいなかった
そんな状態で何が言える?
不誠実な男なのに……
違いはなかった
恵太は結婚すると言い栗田と離れる気だった
でも引き留めてくれるなら……
栗田の傍にいたかった
………なのに……栗田は止めなかった
栗田は止められない現実があった
栗田の前に飛鳥井恵太が来た
「一夫、恵太と別れてやれよ!」
と言った
「…………解っています……」
「一夫、二人の仲を壊す訳じゃねぇ……
このまま一緒にいても突き当たるしかねぇんだ………
だから一度離れて互いを見直せよ」
「………恵太は結婚するのですね……」
「恵太の子が腹の中に入ってる」
「………え?……恵太……女を抱けたのですか?」
「ヤケクソだ
でもこの後……夫婦生活は続かねぇ……
だよな?女を抱いてケツが疼くなんて…言えねぇよな?
この結婚は破綻が見えてる……」
「………なら……何故結婚させるのですか?」
「恵太は飛鳥井の家の中で結構自由に生きている
甘えているんだろうな……
恵太は現実の厳しさを知らねぇ……
一度結婚させて現実の厳しさを知らる
距離を持ち、自分の意識を変えねぇとな…
このまま一緒にいても……罵り合うしかねぇんだよ一夫……」
「…………離婚……するのに?」
「お前の離婚……かなり面倒になってるんだな……
オレが出て片付けてやんよ!
だけど……子供には逢えねぇぞ……
おめぇは……血の繋がらねぇ子を切ったんだからな……」
「………はい……仕方がありません……」
「………何故……許さなかった?
お前は……妻を見てなかった……
淋しい妻が何かを求めても……責められねぇ筈じゃねぇのか?
お前は妻を見たか?
髪形を変えたり、おめぇの為にご飯を作っていたり……待っていたんだよ妻は……
おめぇが自分を見て愛してくれるのを待っていたんだよ………
なのに……おめぇは恵太を選んだ………
妻を傷つけた贖罪はしねぇとな……」
栗田は顔を覆って泣いていた
「…………冷え切っていた……関係を俺は修復もせずに……諦めていました
妻を見る事はなかった……
妻が何を求めて……何を言いたかったのか……
俺は……見なかった事にしてやり過ごしていた……罰を受けるのは当たり前です」
「なら恵太を逝かしてやれ……」
「はい!」
栗田は何もかも失った
妻に対して誠心誠意謝罪をした
妻は「もう良いわ……もっと虐めてやろうと想ったけど……貴方の使わしたり弁護士の言い分を飲むわ
貴方も私の言い分を飲んで下さいね!」
「………あぁ……総て飲む……」
我が子としての責任を持つつもりだった
たが妻は………
今後一切関わりを持つな
と子供に対して要求してきた
「慰謝料も養育費も要りません
私は身の立つ様にして貰いました
なので貴方から貰うモノなど一つもありません!
あの子は……貴方の子ではない
なので今後一切の関わりは要りません」
三下り半を突き付けられた……
家族で暮らしたマンションは処分した
康太が持ってるマンションの部屋を貰って暮らした
何もかも失った……
哀れな中年が……窓ガラスに映っていた
欲しいモノは何一つ手に入らない……
我が子として……育てていたのに……
何故……見なかった
栗田は自分の行いを悔いた
仕事は夢中でやる
たが一人になると……飲んだくれて……
気絶するように眠る……
そんな日々を送っていた
無くしたモノは大きい……
日々、信頼を築くのを忘れた結果……だった
妻に対しても……
誠実じゃなかったから……
見向きもされなくなった
別れる時……子供は栗田を見ていた
恨みがましい瞳で……栗田を見ていた
その瞳から目を背けたのは栗田だった
栗田は一生分の後悔をした
そして……想う
人の信頼関係を……飛鳥井康太が教えてくれた
部下に目を向ける様になったのは、そんな頃だった
部下と信頼関係を築く
自分立場が良く解った
そんな頃……栗田は康太から耳打ちされた
「恵太、加奈子と別居した」
「………それ、本当ですか?」
「あぁ、結婚は半年と持たなかった
今は別居して離婚の準備に入った」
「………恵太を掴んで良いですか?」
「好きにしろよ
今のお前なら上手く出来るだろ?」
康太はそう言い笑った
あの別れた期間は二人にとって大切な時間だったのだと……
栗田は初めて解った
栗田は「今日、飲みに行かないか?」と恵太を誘った
警戒する恵太の手を掴むと……
無理矢理車に乗せて自宅に連れ込んだ
「………この狭いマンションは……誰の……」
「このマンションに俺は今住んでる
お前が同棲してくれるのなら、もっと広い所を真贋にお願いして借りるさ」
単身用のマンションを見れば………
栗田が今一人なのが伺えれた
「……結婚……してたんじゃ……ないんですか?」
「お前と別れて直ぐに離婚したんだ
元々……冷めた結婚生活だった……」
「……お子さん……いたんじゃないんですか?」
「………いたよ!」
「………大切にしてやらなくて良いんですか?」
「………大切にしたいから……離れている
血が繋がってないのが……解った……
俺は……自分の子じゃないと解って……あの子を拒絶した……
そんな父親……名乗る資格もない……
今後一切……関わりを持たないと誓って……別れた……」
壮絶な…体験をしたのが解る
栗田は変わっていた
無くしたくないから……
ちゃんと言葉にして……不安を取り除こうとしてくれる態度が解った
「………恵太こそ……別居してるんだって?」
「………僕はヤケクソで結婚を決めました
ふたを開けたら……加奈子は子供で我が儘で……僕はそれを受け止めるだけの包容力を持っていなかった………
そして……抱こうと想っても……お尻の穴が疼いて……勃起しなくなった……
最低だよね……
なのに二人目が出来たんだ……
僕は抱いていない………
加奈子は家を出て……実家に帰った
そして離婚届が送られてきた
総て康太がやってくれたので……離婚しますと書かれていた……
離婚一つ……僕は自分で片付けられなかった」
「………それなら俺も……康太が出て……総て片付けてくれた……」
「……一夫……僕は……貴方と一緒にいたい…」
「俺も……恵太と一緒にいたい……」
自然と重なる口吻けは……
執拗な接吻となり……
いかに互いが不足していたのか思い知らされた
求めあい……貪り合い……
体躯を重ねた………
欲しいモノが……
やっと手に入った
栗田は……康太に感謝した……
恵太をくれてありがとう……と康太を想った
恵太が恵美を引き取った
愛してやれなかった……あの子を想う……
あの子の分も栗田は恵美を愛して可愛がった
贖罪の想い以上に愛が強かった
愛しい……
我が子の代わりじゃないが……
精一杯愛して接した
恵美は懐いてくれた
一夫君と言い栗田に甘えた
このまま……何時か結婚するその日まで……
一緒にいられると想った……
なのに……
恵太は家に帰っても泣いていた
「………加奈子を苦しめた罰なんだ……」
愛してやれず……恵太に迫った加奈子を……
恵太は「汚らしい売女みたいな事をするな!」と突き放した
加奈子は傷付いた瞳をして……恵太を見ていた
瞳を背け……加奈子を見なくなった……
そんな時加奈子は妊娠した
「妊娠しました……」
加奈子が言う言葉が理解出来なかった
加奈子とはセックスしていなかったから……
妊娠する筈などないのだ……
「生みます……」
「好きにしろ……」
恵太は加奈子に背を向けた
加奈子は家を出て行った
そして子供を産んでも帰っては来なかった
一人になって…
後悔しか残らなかった………
加奈子を悲しめて……
何がしたかったんだろ?
栗田への当て付けだった……
そんな当て付けに……加奈子を利用した
人一人の人生を……恵太が狂わせた
その責任は大きい
恵太は悩んで苦しんだ
恵太もまた苦しんでいた
栗田は「康太に聞きに行こうか?」と恵太に問い掛けた
恵太は栗田を見て……
「康太に何を聞くの?」と問い掛けた
「………あの人の瞳には……幾つかの過去が映っていた事だろう……
俺達が見なかった過去を……
聞かせて貰おう……
俺の……悲しませた女性(ひと)は幸せでいるのか……
恵太が悲しませた女性(ひと)が幸せでいるのか……
康太に教えて貰おう……」
「………僕達に……聞く資格なんてあるの?」
「………資格はなくても………
何時も胸に突き刺さっている棘を……
抜くんじゃなく……刺さっていても納得出来たら……と想っていた……
恵太……苦しむだけじゃ駄目なんだ
俺達は苦しめた女性達の……今を知らねば…」
「………一夫……僕は……怖くて康太に聞けなかった……」
栗田は恵太を強く抱き締めた
「……俺も……怖いよ……
あの人のためなら……この命……擲っても良いのに……肝心の事を聞くのが怖い…」
それでも……
その先を聞く……
聞いて幸せを願う位は………
許される想う……
想いたい……
愛せなかった……悲しき女性よ……
願わくば……貴女が幸せいます様に……
願っていたい
「……一夫……逃げてたんだね僕達は……」
「………あぁ……全部背負わせて……俺らは護られた中で生きていた……」
見返りを求める訳でもなく……
康太は愛をくれる
だから……康太の為の生きたいと想う……
こんなにも……貴方に護られてたんですね……
貴方は何も言わないから……
気付かないじゃないですか!
栗田と恵太は飛鳥井の家を尋ねる事にした
飛鳥井の家のベルを鳴らすと、慎一が出迎えてくれた
「待っておりました」
慎一はそう言った
「……え?……」栗田は慎一を見た……
「康太がそろそろお見えになると言ってましたので……」
と、来訪を予知していたと告げられた
慎一は二人を応接間へと通した
応接間には流生達が遊んでいた
流生は栗田を見ると「かじゅお!」と言い飛び付いた
「お!流生、元気か?」
「りゅーちゃ かじぇちぃちぇる!」
「風邪?大丈夫なのか?」
栗田は心配して聞くと流生はコンコン咳をした
「康太は?」
栗田は慎一に問い掛けた
「康太は今病院です」
「………え?悪いの?」
「違います……子供達が全員風邪を引いているのです
烈も風邪を引いてるので病院に行ってます」
「烈?……それは誰よ?」
「康太の子です
6男になります」
「………産んだのか?」
「………康太は産めません……
真矢さんが康太に託した子です」
「………だよな……子供達は大丈夫なのか?」
「………大人しく寝る子達ではないので……
手を焼いてます……」
「俺達……帰った方が良いか?」
「待ってて下さい
烈は乳幼児ですので、飛鳥井の病院では診られないのです
久遠先生が紹介してくれた病院に行ってるので……」
栗田は流生の鼻水を吹いた
音弥はソファーの上に寝ていた
太陽も大空も抱き合って寝ていた
翔はコオとイオリのブラッシングをしていた
栗田は翔に声をかけた
「翔、お前は風邪大丈夫なのか?」
「かけゆ ちゅぎょうちてる!」
修業してるから大丈夫だと言った
この子も……そう言えば子供らしくない子だった……
次代の真贋なれば……
仕方のない話だろう……
そう想っていると兵藤が応接間に顔を出した
「慎一、子供達はどうよ?」
「翔以外は……ダウンです
それより悪かったですね
一生の具合は?」
「インフルエンザに産まれて初めてかかったみてぇだからな……死にそうな顔してる
だから毎年ワクチン打っとけって言ってるのによぉ……」
兵藤はボヤいた
「……清隆さんも今回はインフルエンザでダウンしてるので、会社は大変なんですよ
伊織はさっきまで会社に行ってした
康太は聡一郎と烈を病院に連れて行ってます
そんな状態なので隼人には帰るなと言いました
そしたら毎晩泣きながら電話してきます……」
「……俺の所にも毎晩泣きながらライン入れてるぜ……」
「………家に帰らしてやりたいのですが……
隼人までインフルエンザになったら……
手が回りません……」
「ひょーろーきゅん……」
流生が兵藤に手を伸ばした
「おめぇは風邪だもんな……」
「ちょう!はにゃみじゅ……ちゅぎょい……」
兵藤は鼻を拭いてやった
もう……真っ赤で可哀想な位になっていた
兵藤は栗田と恵太に気付いた
「栗田、流生、面倒見てくれねぇか?」
「え?それは……連れ帰れ……と?」
「京香は今疲労と風邪で康太が入院させた……手がまわらねぇんだよ」
「解りました
恵太が専業主婦してくれます」
「……え?一夫、流生を僕に育てさせるの?」
恵太がボヤくと兵藤は
「蒼太さんちに瑛智を預けてある
瑛智よりも流生は大きいんだ良いだろ?」
流生は不安な顔をしていた
「………りゅーちゃ……ひょーろーきゅん いりゅ!」
へそを曲げた流生は兵藤の背中に逃げて服を掴んだ
「解った!流生は兵藤君といような!」
兵藤は流生を抱き上げて頬にキスを落とした
恵太は「……ごめん…」と謝った
「子供は敏感なんだよ!
何気ない一言に傷付く時もある」
兵藤は怒っていた
そこへ康太が帰ってきた
流生は「かぁちゃ とぅちゃ!」と喜んだ
「一夫、悪かったな
飛鳥井は今風邪とインフルエンザと言う敵と戦闘中だ……」
「康太は大丈夫なのですか?」
「今の所……はな……」
慎一が康太に「手洗い、うがいをしてきて下さい!」と言った
康太は烈を慎一に預けて、手洗い、うがいをしに行った
戻って来ると、ソファーにドカッと座った
「慎一、封筒を!」
康太が言うと慎一は応接間を出て行った
そしてA4サイズの封筒を持ってきた
「おめぇ達の来た理由はこれだろ?」
そう言い康太は封筒を二人の前に置いた
「中を見て……宜しいのですか?」
「あぁ、見ろよ……
そしたら答えが解る」
封筒を開けると……中にまた封筒が二通入っていた
飛鳥井恵太
栗田一夫
宛名の書かれた封筒を取り出すと、恵太に封筒を渡した
そして自分の封筒の封を切った
中を見ると………
写真が数枚と……手紙が入っていた
栗田は写真を手にした
写真には幸せそうに微笑む元妻と子供が映っていた……
こんなに大きくなっていたのか?
………別れて何年経った?
………息子を見なくなって……何年経った?
こんな顔をしていたのか?
知らなかった……
見ようとしなかったから……
共に暮らしていたのだ……
我が子として暮らしていたのだ……
見なかったのは自分で……
彼はいつも栗田を悲しげな瞳で見ていた
声すらかけなかった
こんなに……大きくなって……
栗田は写真を胸に抱いた……
血など繋がっていなくても……
親子になれるのに……
離婚して断ち切る事が恵太に向ける愛だと思って……
他を見なかった……
栗田は震える手で……封を切った
手紙を広げると綺麗な字で書かれていた
妻の字だと解った
ずっと……仕事で遅くなって帰ると……
『お帰りなさい
遅くまでご苦労様』
と書かれていた……その字だった
『栗田一夫様
私は貴方を愛していました
始まりは……勢いで寝てしまった……事から始まった関係ですが……
それでも私は貴方を愛していました
何時か……貴方は私を愛してくれる
そう信じて暮らして来ました
だけど淋しかったのです……
淋しかったから貴方以外の人を……求めて良い訳ではない……
解っていました
でも……貴方の子だと想いたくて貴方を求めた……
私も祈るような気持ちでした
もし……生まれた子が……
貴方の子でないとしたら……
そう思うと怖くて仕方がなかった
でもそれ以上に…私は子供を産みたかったのです
あの日…貴方の子でないと言う事実を知るまで……
私は貴方の子供なんだと……想いたかった
貴方に顔向けが出来ないのは……
私の方です
あの子は……今も自分は貴方の子だと想っています
私は……真実は告げられませんでした……
もし……貴方さえ……
あの子に逢っても良いと想って下さるのなら……
あの子に逢ってやって下さい
私は去年再婚しました
仕事先の会社で知り合った方です
子供も産まれました……
この幸せは……貴方の主である方に戴きました
貴方は……よい主に恵まれました
私は恨む事すら出来ませんでした
飛鳥井康太様に……ありがとう…とお伝え下さい
私はわが子はどの子も可愛い、愛してます
ですが……あの子は……貴方と暮らした日々に貴方に父親を求めてます
あの子の父でいてやってください
それが私が出した答えです
本当にありがとうございました
一夫さん 愛する人を大切になさって下さい
ありがとうと
幸せでした 』
と書かれていた
栗田は号泣した
恵太は自分が手放させた愛を……
悔いていた
栗田を幸せにしたい……
常にそう思っているが……
自分が幸せに出来てるか……解らなかった
不安になって……康太を見ると……
そんな事で悩むな……
と言う優しい瞳をしていた
恵太は封筒を開けた
すると中から可奈子の写真が出て来た
息子の悦朗を抱っこして笑っていた
自分の子ではないが……
戸籍上の父親は……恵太だった
ちゃんと顔を見た事がなかった……
可奈子も……こんな顔……してたのか……
そう思った
そして封筒の封を切った
中から手紙を出して見た
『恵太さんへ
可奈子は未熟な妻でした
求めるだけで……貴方には何一つしてやりませんでしたね
可奈子は解っていたのです
恵太さん
貴方には愛する人がいたのでしょ?
可奈子はそれが悲しくて……
貴方が……背を向けるたびにやるせなくて……
その捌け口を他の男性に求めました
悦朗は貴方の子ではありません
知ってますね
あの頃貴方は私を抱こうとはしなかったから……
当てつけのつもりと……
私と同学年の子が楽しく遊んでるのを見て……凄く自分が惨めだったのです
キラキラ輝いていた日々が……懐かしくて……
私は泣きました
だから家を出たのです
家を出た私の所に康太が来てくれました
恵太と離婚しろと言われました
離婚したら身の立つようにしてやる
だから……DV野郎と別れて手に職をつけろ!
そう助け船を出してくれたのです
あの日から康太は何度も尋ねて来てくれた
恵美を在るべき場所へ返せと言われたのはそんな頃でした
私は恵美が私を責めたような瞳で見るのが嫌だった
手放す事を決めた
でも……私の娘なのです
愛しているのです
大切に育ててくれてると康太が教えてくれます
恵太さん
ごめんなさい
そしてありがとう
私は今 康太の手助けもあって内装のコーディネーターとして自立して生きています
自立して自分の力で生きてみると、いかに自分が甘えていたか解ります
貴方に甘えていたのです
子供過ぎたのです
悔いはつきません
ただいま想うのは……
恵太さん
貴方の幸せを願っております
幸せに恵太さん
本当にありがとうございました
感謝しても足りません
加奈子』
恵太はその手紙を読みながら泣いた
甘えていたのは自分もだ……
一人一人の人生を背負う覚悟もなく結婚した……
栗田への当て付けに……
結婚など……するべきではなかったのだ……
何も言わずに見ていた康太が口を開いたのは……
後悔の真っ只中にいた時だった
「二人は今幸せだ
お前達が心配する必要などない」
康太はきっぱり言った
「だけど親子の縁は切れねぇかんな
一夫も恵太も子供に会いに行けば良いと思う
生まれ出た子に罪などねぇんだからな!
己の身勝手で苦しめたと想うのなら、これから尽くしてやれば良い
人は何度でもやり直せるんだからな!
遅いという事はねぇんだ!」
栗田は「康太……」と呟いた
「一夫、今日、この時よりお前は俺の駒から外す!」
「何故!嫌です!」
「飛鳥井は標的になった……
悠太が殺されそうになった今……
オレの駒は……徹底的に潰される
誠一から貰い受けたけど……面倒ばかりかけるかんな……もう面倒は見られねぇんだ
だからおめぇは今日この時よりオレの駒から外す!」
「例え!この命を賭したとしても……
俺は後悔なんてしない!
貴方の為に死ねるなら……」
本望です!と栗田は言い切った
「おめぇのような面倒な奴は要らねぇよ」
康太は優しく笑った
「嫌です!
俺の人生は飛鳥井康太の駒で終わる
途中で放り出すなら誠一さんの所から連れて来ないで下さい!」
「だから誠一の所へ帰れる様に手筈をつけてやった」
「嫌です!俺は駒を返上する気はない!」
「この頑固者!」
「貴方程ではありません!」
「オレは素直で可愛い!」
「貴方程に融通の利かない方が素直など、笑えます!」
「可愛い……は、否定しねぇのかよ?」
「貴方程に可愛い方はいないので否定しません
恵太には悪いけど、俺の一番は貴方です
貴方が一番可愛い
恵太は一番愛してます!」
「………惚気るな一夫……」
「俺は認めません!」
「命狙われるぞ?」
「俺は死にません!」
「………どんな目に遭うかも解らねぇぞ?」
「どんな目に遭おうとも俺は死にません!」
「頑固者!」
「主に似るのです!」
栗田が言うと慎一が爆笑した
「一夫さん、それ正解です」
「だろ?」
康太は脹れっ面した
榊原が康太を膝の上に乗せた
「膨れるとキスしますよ?」
「オレは頑固じゃねぇ!
天使の様に素直で可愛い!」
康太が言うと榊原が康太を引き寄せて口吻けを落とした
「………天使の様に……は、知りませんが、君が一番可愛いです」
「なら良い……」
康太はニコッと笑った
流生も鼻水を垂らしながらニコッと笑った
その笑顔は血は繋がってはいないが……よく似ていた
康太は流生を抱き上げた
「辛くねぇか?」
「らいじょうび!りゅーちゃ ちゅよい」
「そうだな流生は強い男だな」
そう言い膝の上に寝かせた
慎一がシロップの薬を持ってやって来た
それを見ると流生が逃げようとした
「させるかよ!諦めろ!」
「けちゅ!」
流生は言った
「ケチで結構だ
流生が酷くなるならケチで良い!」
「………ぎょめん……りゅーちゃ のむゅ!」
そう言い流生は小さなコップを持って薬を飲んだ
「流生、寝てねぇと治らねぇぞ!」
そう言うと流生は兵藤の横に行き膝の上に丸くなった
兵藤は笑ってブランケットを流生にかけた
「人の親になるという事は
目線を子供と同じ所まで下げて見ないと解らない事がある
子供と共に成長する
それが親だ
痛みも苦しみも……日々共にするから……
愛がわくのだ……」
康太の言葉は深かった
栗田は黙って聞いていた
「親であれ!一夫、恵兄!」
「「はい!」」
親であろうと心に決めた
飛鳥井の家を後にして栗田は恵太に言った
「親で…あろう恵太……」
恵太は栗田に抱き着いた
「……僕は……我が儘で飛鳥井しか知らない世間知らずだ……
こんな僕でも愛してくれますか?」
栗田は恵太を抱き締めた
「当たり前の事を言うな……
俺はお前しか愛せない……
結婚していても……愛はなかった……
俺は……最低の別れ方をした…
こんな俺でも愛してくれるか……逆に聞きたい…」
「愛してるよ一夫……」
「俺も愛してる恵太…」
「死ぬまで一緒にいてね」
「俺の方が年食ってるの解ってるか?」
「解ってるよ!
それでも……一緒に……そう思っちゃいけない?」
「一緒にいよう……
この命が尽きるまで……共に……」
恵太は栗田の胸に顔を埋めた
「……僕……女装しても良いよ……
一夫と手を繋いで歩きたいんだ……」
「そうか……それは愉しいな
お前とは中々デートに行けないからな
これからは時間を作って一緒にいよう!」
「うん……うん……一緒にいてよ!」
恵太は堪えきれずに泣き出した
「恵太は最近泣き虫だな」
「一夫が泣かせるからいけない……」
「なら……伴侶殿の台詞を貰うか……
愛故だ……許すしかねぇぞ恵太」
「何それ?
一夫には伊織の真似は無理だよ
一夫は一夫で良い
僕は一夫しか愛していない」
「ベッドに行くか?」
恵太は頷いた
二人して寝室に向かった
激しい愛じゃない
だけど、二人でいられる幸せが心地よかった
「一夫 愛してる」
「………俺も……」
「ちゃんと愛してるって言ってよ」
「何度も言うと、有り難みがなくなる」
「なら伊織の愛してるは有り難みが半減じゃないか!」
「………伴侶殿はあれで良い
康太と伊織はベタ甘でいてくれないと困る
俺らは……俺ららしく行こうな……」
「だね…でも愛してるって言って欲しいよ」
「言うさ、本当に愛してるって思えるときにお前に伝えるから……」
「………うん……それで良い……」
二人は互いのぬくもりを確かめる様に互いを確かめた
愛してると愛し合う日もあれば
抱き合って眠る日もある
病める時も
喜びも哀しみも……共に……
分かち合い死する時まで共にいられます様に……
栗田は恵太に口吻けた
一夫……
貴方を見た瞬間
恋に落ちたんだ……
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