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第133話 優しい過去
一生はキッチンのテーブルの上に置いてあった手帳に目を止めた
開いてみると………
ビッシリ予定が書き込んであった
この字には見覚えがあった
「………アイツ……こんなにも忙しかったのか……」
と一生は呟いた
自分も牧場と飛鳥井の会社と康太を見張るのに……
結構忙しい自覚はある
だが……その倍忙しそうで……
少しくらい……手抜きすれば良いのに……
と一生は想った
慎一がキッチンに来て辺りを見渡していた
一生は手帳を手に取り「これか?」問い掛けた
「そうです!」
慎一は手帳を取ると「中身見ました?」と問い掛けた
「………すまん……」
一生は素直に謝った
「一生、この半分……手伝って下さい」
「………嫌だ……康太を見張ってられねぇじゃんか……」
「………言うと想いました……」
慎一はため息をつくとキッチンを出て行った
慎一に仕事を押しつけてる実感はある……
でも……こんなに仕事を受け持っていたら……今に倒れるな……
と一生は想った
そんな一生の想いを知らない慎一はお買い物に出向いていた
手帳を開き、安いのは……とリサーチした結果を見る
「今日は八百正さんの所に行くか…」
慎一は車を走らせた
【八百正】と言う八百屋の店主、正三は慎一の姿を見て身構えた
「ぬぬぬっ!お主……また来たな…」
そんな嫌味もなんのその!
慎一はスマホを取り出して店主に問い質した
「大将、今日のお得は?」
毎度の事だが……聞いちゃいねぇよ……
店主はため息を着くと……
「今日はキャベツだ!
余所では300円超えてるキャベツが一玉200円だ!」
慎一はキャベツの品定めをした
「………小ぶりですね?」
「………ぐっ……だから200円だ!」
「も少し安くして下さい」
「………ギリギリ採算が取れねぇからな……
キャベツは勘弁してくれ……」
「そうですか……ではキャベツは勘弁します
この値段では買えませんからね」
慎一は携帯でリサーチした値段と比べて……引き下がった
買い物かごにキャベツを三個入れた
「大将、タマネギは負かりますよね?」
「………250……を200でどうだ?」
「もう一声!」
「………190……これ以下は……勘弁してくれ…」
「仕方ありません……190で手を打ちます」
慎一は値切り倒して野菜を買うと、ホクホク気分で八百正を後にした
「………畜生!今回も敗北だ!」
正三は叫んだ
店の奥でお茶を飲んでた妻が
「今時珍しい子じゃないの!
商品の良さを、ちゃんと見てくれてる
中々いないわよ」
と正三に本当は気に入ってんでしょ?と揶揄した
「てやんでぇ!
商品を見る目があるからな!
負けてやってるんだ!」
正三の妻は笑っていた
慎一が来るようになって仕入れに力を入れてるのは明白たった
そのお陰で買い物客の層も広がって、繁盛していた
「今度は負けねぇぜ!」
正三は捻りハチマキをして気合いを入れた
「お買い得だよ!買ってってよ!」
かけ声に釣られて客が足を止める
正三はいつになく熱心に接客していた
負けるもんか!!
ボッボッボッと闘志が燃える……
この次は値切らせねぇぞ!
心に誓うのだった……
八百正を後にした慎一はお肉屋に足を止めた
「お!慎一君、今日は鶏肉が安いぜ?」
「鳥かつ屋の大将、今日は牛肉が欲しいのです」
「牛肉……?……牛肉は……仕入れの単価が高いからな……そんなに負けられない……」
「主が牛丼を食べたいと言いましたので……」
慎一の主命はこの界隈の商店街では有名だった
「慎一君、牛丼ならこの肉でどうだい?
軟らかいし脂も乗ってる!」
「1,000グラム買いたいのです」
「……オマケしとくよ!」
店主はソロバンをパチパチ交渉に当たった
慎一の指が……減らそうと……動くと……
店主は「………そこまでは勘弁……」と泣き寝入りした
「では、この辺りが妥当かと?」
店主は胸をなで下ろした
「慎一君、揚げたてのコロッケ
オマケしとくよ!食べてね」
慎一は包んだお肉とは別にコロッケを貰ってニコッと笑った
「ありがとうございます」
深々と頭を下げ、慎一は肉屋を後にした
店主は礼儀正しい慎一を買っていた
主の為に尽くす慎一が本当に健気で……
今時珍しい程に生真面目で……
忘れ去られた昔の青春時代を思い起こさせた
モノのない時代だったが……
心は豊かな時代があった……
そんな懐かしさを慎一は持っていた
パートの店員が「今時珍しい子よね」と呟いた
店員は「うちのコロッケは美味しいからな……食べれば腹がふくれる」と慎一を想った
慎一はスーパーの特売に行き、目的のモノのを買うと買い物を終えた
「………何でも値上げすれば良いものではありません!」
と……値上げされた商品を忌々しく想い呟いた
飛鳥井の家に帰り、下拵えをしてゆく
その合間に通信で取れる課目は上げようとPCを開いて勉強
落第しない程度に大学に行き、課題を片付ける
そしてその合間に家計簿もつけて、やりくりする
途中……眠くなり……うたた寝……
コックリ……コックリ……寝てしまい……
肘が……ズリッとずり落ち……ゴツンッ……と鈍い音が響いた
「………痛い……」
おでこをしこたま打ち付け……
キョロキョロと周りを見た
誰もいないのを確かめて……スリスリと擦った
「………年ですかね……翌日に来るようになりました……」
地下で働いている頃は、何日も寝ないで働いて大丈夫だったのに……
慎一は首をコキコキ動かした
課題が終わると、飛鳥井の馬の調整スケジュールに入る
真贋の仕事を片付け……決済だけにする
終わると北斗をお迎えに行き病院へ
リバビリを受けさせ家に帰ると、和真と和希が帰っていた
「お父さん!」和希が慎一に飛び付いた
和真馬も慎一の傍へと向かった
「宿題、やらなきゃダメですよ?」
「「はーい!父さん!」」
和希と和真は北斗と共に子供部屋へと向かい勉強をする
慎一は地下駐車場へと向かった
車を開けようとして……ポケットを探った
「………あれ?……キーは?」
キッチンに行き探す
…………が、ない
「………何処に置きましたかね?」
キッチンの引き出しを開けて探す
………出て来ないから……慎一は冷蔵庫のドアを開けた
キーがチルドで程よく冷えていた
「………あ……」
お肉をチルドに入れた時にキーも入れたのか?
うっかりだった
片付けた記憶はない
ても冷蔵庫に入ってたと言う事は……
自分で冷やしたのか……
慎一はキーを手にして地下駐車場へと向かった
会社に顔を出し、康太に書類を渡した
康太は慎一の顔を見て
「慎一、明後日は日曜やん
一日休んだらどうよ?」と声をかけた
「………俺……疲れてます?」
「見るからにお疲れの顔だろうが‥‥
オレはおめぇを無理させてぇ訳じゃねぇ…」
「………無理はしてません……
年ですかね……疲れが抜けないのです」
「………伊織……慎一の額、触ってみてくれ…」
榊原は慎一の額に手を翳した
「………慎一、疲れが抜けないのではなく……
発熱してますよ?君?」
「………え?熱……路上で寝てても熱なんか出さなかったのに………
俺も柔くなりました……」
慎一はボヤいた
康太は携帯を取り出すと
「一生……助けてくれ…」と助けを求めた
『どうしたよ?康太!
何があったんだよ?』
一生は慌てた
「………おめぇの兄が……熱があっても気付かねぇんだよ……」
『………え?慎一熱あるの?』
「顔が赤いんだよ
伊織に額に触らせたら熱があった
なのに『路上で寝てても熱なんか出さなかったのに……柔くなりました』だぜ?
どう思うよ?おめぇはよぉ?」
『今日、慎一の手帳見ちまったんだよ…
そしたら隙間もねぇ位にスケジュール入ってた……』
「まぢかよ?
あんで慎一はそんなに忙しいんだよ?」
『飛鳥井の必要な買い物は総て慎一がやってる!
んでもって何処が安いとか、何処がセールしてるか総て書いてあり
子供のスケジュール
馬関係、牧場のスケジュール
大学の単位のスケジュール
康太に関してのスケジュール……
それりゃ事細かく書いてありゃ暇なんてねぇでしょ?』
「………一生、おめぇ引き取りに来い!
久遠に診せて入院させても良いかんな」
『了解!直ぐに引き取りに行く!』
康太は慎一を返す算段を取っていた
慎一は情けない顔で主を見た
「慎一、無理は許さねぇかんな!」
「……無理はしてません……」
「顔がめちゃくそ赤いぞ?」
「おでこを打ったからですか?」
「おでこじゃねぇ!顔だ!」
康太は怒っていた
一生が迎えに来て慎一を引き取って行くと……
康太は「……誰か慎一のサポートさせるか?」と呟いた
榊原は康太を抱きしめて
「それは嫌だと想いますよ?
慎一は主の事で誰かに託すなんてご免だと想いますよ?」
「………でもな倒れるぞ?」
「……それは困りましたね……」
榊原は康太のYシャツを捲り上げて手を忍ばせた
困りましたね……と言いつつ……
ちゃっかり手は乳首を摘まんでいた
「……伊織……会社……」
「解ってるんですが……手が……」
康太は榊原の手をペシッと叩いた
榊原は叩かれた手を擦った
「君の肌触りは良いので……」
「帰ったらな」
「ねら頑張って仕事を終わらせます!」
フンフンッと鼻息も荒く……
榊原は仕事を片付け始めた
目の前にぶら下がった人参宜しく……
康太を触る為に榊原はピッチを上げた
一生に病院へ連れて行かれた慎一は……
久遠に説教され、点滴を打たれた
「………屈辱です………」
布団で寝てて……こんな点滴を打たれる日が来るなんて………
「屈辱だか、靴底だか知らねぇが!
てめぇの体調管理くらいしやがれ!」
久遠は吠えた
「………主には内緒に……」
「それりゃ無理だろ?」
一生がいちゃ内緒もへったくれもない……
「今日も明日もスケジュールが詰まってます……」
「んな事を続けたら寿命を縮める事になるぞ!
早死にしてぇ奴なんて診る気はねぇ!
帰りやがれ!その代わりもう診ねぇからな!」
そう宣言されたら……帰るわけにはいかない
「………久遠先生……オーバーワーク気味でした……」
と認めた
「おめぇは子供の頃に不摂生な生活してたんだからな
それだけでも、てめぇの寿命を縮めてたんだぜ?
これからは体調管理は怠るな!
おめぇが無理すれば、おめぇの主も無理するだろうが!
おめぇだけ酷使させるタイプかよ?
主を想うならまず、自分が健康管理しねぇとな!」
「…………若い頃は無茶な生活してました
多少無茶しても体力には自信がありました
なので……自分を過信してました……」
「…………おめぇ……若い頃は……って十分今も若ぇだろうが……」
「…………そうなんですね……
今……二十歳でしたっけ?」
久遠は苦笑した
点滴を終えると慎一は帰宅した
帰宅した慎一に聡一郎は近付き……部屋へと連行した
そして和希と和真と北斗に
「無理しない様に見張ってるんだよ!」と言った
和希は「父さんが寝込むなんて珍しい…」とボソッと呟いた
和真は「……僕たちを置いて逝かないで……」と言って泣いた
聡一郎は和真を抱き締めて……
「そうならない為に見張ってるんだよ?」
と言い、和真を撫でた
北斗も「……僕……沢山お手伝いするから……」と言い泣いた
慎一は「北斗……大丈夫です……」と慰めたが……
「辛い時は辛いって言ってよ!
そしたら僕達……お手伝いするから……」
北斗は泣きながら言った
和真も「そうだよ!父さん……僕達じゃ……お手伝い出来ない?
父さんを亡くせば僕達は……どうしたら良いんだよ!
父さんはそんな僕達の事……解ってない……」と日頃感じている不安を口にした
和希も「母さんが欲しい訳じゃない……
僕達には父さんがいれば十分だよ
だから……父さんがいなくなったら……僕達はどうして良いか解らないんだ……
父さんは無茶ばかりする……
自分のことは後回しで……僕達はもっと父さんに自分を大切にして貰いたいんだ
僕達は……父さんが大切なんだよ?」と心中を吐露した
聡一郎は「僕が君の子供だとしたら……母親がいないのは苦にはならないが……
自分達を置いて逝かれそうで不安だな……
慎一はもっと子ども達の時間と自分の時間を作るべきだと想う……」と慎一の肩を叩き部屋を出て行った
慎一は子ども達と北斗に「ごめんな…」と謝った
北斗は慎一に抱き着いた
「僕も沢山お手伝いするから……」
頑張りすぎの北斗が慎一を気遣う
脚のオペをして歩ける様になるまで、血が滲むリバビリをして……
やっと歩ける様になった
そんな北斗は友達と遊ぶよりも牧場に出て馬といる時間の方が多かった
動物の気持ちが解る北斗が馬のメンタル部分を担っていた
ブラッシングをして気持ちを落ち着かせるのが上手い北斗の事は篠宮も一目買っていた
小学生の癖に十分北斗は忙しい……
「北斗は十分頑張ってます
それ以上はダメです…」
「なら慎一君もそれ以上はダメだよ……」
北斗に言われて慎一は苦笑した
「………解りました……
少し……スローでスケジュールを作成します」
和希と和真と北斗は慎一に抱き着いて泣いた
泣いて……
泣いて……
泣き疲れて……慎一のお布団の中で寝た
慎一は子ども達をそっと抱き締めた
ドアがノックと同時に開くと……康太が部屋に入って来た
「慎一、気分はどうよ?」
「……悪くはありません……」
「おめぇ……抱えすぎなんだよ……
誰か、手伝う奴入れるか?」
「………要りません……」
「言うと想った
なら馬関係を手伝う奴入れるわ」
「………え?……」
「悟……知ってる?」
「義恭先生の息子さんの?」
「アイツがお前の仕事を手伝ってくれる
悟は脚が悪いからな……座っての仕事になるが戦力になる
元々、悟は土地の仕事と同時に馬の方もやってくれていた
動くのはお前になるがデスクワークは悟がやれる」
「………悟さん……大丈夫……なのですか?」
妻を亡くして……自暴自棄になり……
自殺未遂ばかり繰り返していた
「………あんまし大丈夫じゃねぇかんな……
お前が見張っててくれと言ってる
悟にも慎一を見張っててくれと頼んである
お互い気を付けて見張ってれば良い」
「………康太……」
「馬関係は少しは仕事が楽になる
そしたら悟に料理でも教えてやれ」
「はい!そう言う事でしたから……」
慎一は了承した
「久遠が後で点滴を打ちに来てくれるかんな!」
「………え?点滴はもう……」
要らない……と言いたがったが……
久遠が点滴を持って部屋に入って来た
「早かったな久遠」
「無茶ぶりばっかしする奴には痛い点滴をお見舞いしてやらねぇとな!」
久遠はそう言いニカッと笑って………
手際よく消毒をして、点滴の針を慎一にぶっ刺した
「…………ぃ……!!……」
「少し太めの針で打ってやった!」
久遠はそう言いニカッと嗤った
慎一は誰も知らないが……注射と点滴が大嫌いだった
果ては医者も大嫌いだった
「慎一、眠くなる薬も入れといてやったからな、寝ちまえ
眠るお前に昔話をしてやろう……
昔……俺が中学生位だった頃……俺は熱を出した母さんが飛鳥井の病院に連れて行ったんだ
その時……母親が死んでも泣かねぇ……冷めたガキを目にした……
そいつの瞳は世の中を憎み……世を儚んでいた……
ガキなのに………
ガキのする瞳じゃなかった
俺も……同じような瞳をしていた……
俺のお袋は……世間で言う愛人だったからな……そんな母親を見て育った俺と……
同じ瞳をしてるガキだと想った……
このガキ……大人になれるのかな?
そう思っていた……
大人になる前に……死んじまうんじゃねぇか……そう思っていた
だから俺はそのガキに………
『大人になるまで生きろ!』と声をかけた
そいつは……『息してれば大人になるまで生きるでしょ?』って言いやがった
『なら大人になったら逢おうぜ!』
俺は……そう言いそいつと別れた
俺は何時も想った
自分に負けそうになった時……
あの時のガキは……どう生きてるんだろう?
生きてまた逢えるかな……
何時も……そう思っていた
医者になると決めたのも……そいつに逢いたかったからだ……
『大人なったな!』とそいつに声をかけたかったからだ……」
総合病院に勤めてれば何時か逢えると想っていた……久遠はそう慎一に話した
慎一は久遠の話を黙って聞いていた
そして記憶が呼び覚まされる……
そして久遠は「大人なったな……」と慎一に言った
そして……慎一の頭を撫でた
「……あの時の……」
慎一は呟いた
母親が息を引き取ったと聞いた後……待合室に座っていた
これから……どうなるか解らない……
そんな不安と………
父親の所へは逝かすに施設に行く……と言う現実……
絶望した果てしか見てなかったときに声をかけられた
『おめぇ死にそうな顔してんな』
そう言い隣に座った中学生位の男の子がいた
それが久遠なのか………と慎一は久遠の顔を見た
言われてみれば……面影がある
だが久遠の瞳は……過去よりも柔和だ
荒みきった瞳はしていなかった
「俺は初めてお前を見た時……生きててくれたんだ……と嬉しくなった」
「………俺は……そんな死にそうな瞳をしてましたか?」
「………何もかも諦めて……何も求めちゃいねぇ瞳をしていた……
俺も……その頃は荒んでいたけど……
それよりも……もっと冷めた瞳したガキみたら……自分が……バカバカしく想った……
誰の為の人生じゃねぇ!
自分の為の人生を送ろうと想った
そして何時か……大人になったおめぇを見てぇと想った
だから医者になった
総合病院に勤めてたら……逢えそうな瞳してたからな!」
久遠はそう言い笑った
慎一は……その言葉を……眠りに落ちる瞬間に聞いた
そして眠りに落ちた……
康太は黙って見ていた……
久遠は眠りに落ちた慎一を見ていた
「………んとに……大きくなったな……」
久遠は呟いた
榊原は康太の手を優しく握った
優しい過去があった
何時か……逢えると信じた過去があった……
慎一
おめぇは一人じゃねぇって……
いい加減解りやがれ……
康太は瞳を閉じた
優しい時間に包まれて……
浸ってみたかったから……
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