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第134話 飛鳥井玲香

村瀬玲香の家は歴代医者の家系だった 小中高とお嬢様学校に通う生粋のお嬢様として育てられた 三木美緒とは女学校時代の友だった 玲香は自分も将来医者になるのだと疑わなかった 高校を卒業すると海外に留学して最先端の医療技術を身に付けるべく 最前線で働ける医者になる為に留学した スキップしまくり卒業を決め日本に帰った 海外では医者の卵になれたとしても日本では通用しないと解り大学に入り直した 生きていく事に何の疑問も抱かず生きていた 医者になるのが当たり前として生きていた そんな玲香が初めて…… 稲妻に遭ったような出会いをした…… それが玲香の初恋……だった 飛鳥井清隆は東都医科大学の新校舎建設のために現場に出向いていた 飛鳥井源右衛門につい最近家督を譲られ 名実共に飛鳥井建設の社長に就任した 許嫁は決まっていた 家督を継ぐ為に……結婚する相手は決まっていた 飛鳥井清隆にとって恋愛も結婚も決められたレールの上を逝くだけの事だった 考え事をしていて清隆は誰かとぶつかった 「………痛い……」 ぶつかった人は……歩道に倒れていた 清隆は慌てて倒れている人の方を見た とても美しい……女性だった 清隆は手を差し出した 「我にバンドエイドを寄越すのじゃ!」 女性は手を無視して…… 擦り剥いた傷を……舐めていた 「………バンドエイド?……待ってて下さい」 清隆は慌てて事務所へ飛び込んだ そしてバンドエイドの箱を掴むと玲香の傍へ向かった 「貼ってたもれ!」 言われて清隆は玲香の膝っこぞうにバンドエイドを貼った 「大丈夫ですか?」 玲香は清隆に一目惚れ……をした キラキラ……後光を背中に背負って現れ……理想の人だった 「お詫びなら……食事を奢ってたもれ!」 玲香は清隆を誘った 清隆は優しく微笑むと 「はい!では、貴方の好きな所へお連れ致します」と言葉にした 清隆も目の前の美しい人に……一目惚れだった その晩、清隆は玲香を連れて食事をした 玲香は夢心地で幸せの絶頂にいた…… 電子頭脳……と謂われた才媛が…… 初めて味わう恋心だった その日から玲香は清隆に猛烈なアプローチをかけた 「我と……食事をして欲しいのだ……」 清隆が仕事が終わる時間まで待って、声をかけてくる ストーカー寸前の執拗さで玲香は清隆を口説いていた 清隆は玲香に惹かれていた そんな頃……清隆の縁談の日取りが決定した 清香は清隆に 「お主、惚れ抜いたおなごはおらぬのか?」と問い掛けた 「………母さん……飛鳥井が許さないでしょ?」 「飛鳥井などどうでもよいのじゃ! 我はお主は惚れ抜いたおなごと結婚して欲しいのじゃ!」 「………母さん……」 「道を違えてるでないぞ清隆」 好きな人と結ばれて苦楽を共に…… 夢を見ない訳じゃないが…… 飛鳥井の総代を源右衛門から譲られたら…… 好きな事など出来はしないだろう……と想っていた 好きな自分…… 村瀬玲香…… 彼女は母さんの様に強い意志を持っていた そして美しい…… 清隆は玲香を思い浮かべ…… 首をふった 将来有望な女医になる人が……建築屋の嫁になどなる筈など…… 清隆は最初から諦めていた それでも顔を見れば…… 恋しさは募る 誘われれば……玲香と一緒の時間は楽しくて…… 離れがたくなる そんな頃…… 二人は男女の一線を越えた 愛し合い…… 求めあい…… 元に迎える朝に……玲香は胸が一杯になった 大学の新校舎建設が完成すると…… 清隆とは頻繁には逢えなくなった そんな頃……テレビで飛鳥井建設の社長 飛鳥井清隆と久芳久子との婚姻が取り沙汰されていた 【 婚約 】と言う文字に…… 玲香は打ちのめされた 不実な男だとは想ってはいない 清隆は誰よりも誠実で…… 嘘 偽りのない男だったから…… そんな頃……玲香は妊娠を知った だが……清隆には言わなかった…… 清隆に告げる事なく…… 玲香は距離を取った 一人で産んで…… 一人で育てるつもりだった それだけで幸せだった 恋いも愛も知らない女だった 勉強は誰よりも出来たが…… 人としての感受性が欠如していた それを想えば……随分進歩したと…… 玲香はお腹を撫でた 母になると決めた 誰の子でもない…… 自分だけの子を産むと決めた 清隆は連絡しても逢えない玲香を心配して…… 大学の帰り道を待ち伏せした 玲香はこの日 母子手帳を取りに役所に行った 未婚で子供を産む…… その覚悟の為に……母子手帳を貰いに行った 両親に……話す……つもりだった それで勘当されたとしても……仕方がない…… 玲香は決意していた 「玲香!」 学校の帰り道に恋しい男の声がして、玲香は立ち止まった 恋しくて… とうとう幻聴が聞こえたのかと思った 立ち止まって前を見ると…… 清隆が立っていた 玲香は清隆を見ると……深々と頭を下げた 「ご結婚おめでとう御座います!」 にこやかに玲香は言った 「……玲香……知っていたのですか?」 「テレビを付けたらやってました 良縁で御座いますね」 玲香は敬語で……必死に言葉を紡いだ でなければ……泣いてしまうから…… 「玲香、私はお前と遊びで寝たわけではない!」 清隆は訴えた 「知っておる お主はそんな器用な男ではないからな……」 「婚約は断る! だから……私と結婚して下さい!」 清隆は玲香にプロポーズした だが……玲香は断った 「お断り致す! 我は医者になる身……お主の妻にはなれぬ」 「結婚してくれるまで来ます」 「清隆は許嫁と結婚するばよい!」 玲香は興奮して言い捨てた ………ダメだ…… 立っていられない…… 足がガクガク震えていた…… 嬉しい…… 愛した男が誠実な男で…… 本当によかった…… 玲香の瞳から涙が……零れた 「玲香……」 清隆は玲香を引き寄せて……抱き締めようとした 玲香は慌てて清隆の手を振り払った その時……鞄が……ドサッと落ちた そして中から……母子手帳が出ていた 清隆は「……私の子が……?」と玲香に問い掛けた 「……違う……この子は我の子じゃ……」 「君は……一途な人だ 君の初めて散らしたのは私だ そんな君が私以外の……抱かれる筈などない!」 清隆は玲香を抱き締めた 「結婚して下さい玲香!」 「………お主には決められた許嫁が……」 「反対されたら……駆け落ちして下さい!」 「………清隆……」 「私、飛鳥井清隆は未来永劫…… 村瀬玲香を愛し抜く事を約束します なので私の妻になって下さい お腹の中の子は多分男の子です 源右衛門が……私は男の子しか作れないと予言しました 男の子を6人……作るそうです 最初の子供は瑛太……と言う名前を考えました」 「………清隆……この子は瑛太……なのかえ?」 「そうてす!瑛太、蒼太、恵太、康太、悠太、龍太……と6人の子の親になる覚悟なら出来てます!」 玲香は泣いた…… 清隆は玲香を抱き締めた 清隆は両親に「私は玲香と結婚します!お腹の中には私の子供がいます!」と報告した すると本家の決めた許嫁との婚姻は解消された 清隆の婚姻に、母 清香が動いていたと聞いたのは……後になってからだった…… 同じ過ちを繰り返してはならぬ 清香は、そう言った 清隆には……その言葉の意味は……解らなかった 飛鳥井の家は玲香を迎えた だが村瀬の家は…… 玲香に期待が掛かっていた分……失墜も大きかった 玲香は敢えて勘当されて……村瀬の家も…… 将来医者になる夢も……総て捨てた 愛する男の傍で生きる道を選んだから…… 玲香は総てを捨てた そして6人の子を身籠もり、出産した 清香は玲香に飛鳥井の事を総て託した 飛鳥井の女として生きる為の総てを…… 玲香に託して……この世を去った 清香を亡くした日から…… 玲香は飛鳥井の女として生きてきた 瑛太を産んで 蒼太を産んで 恵太を産んで 康太を身籠もった頃……源右衛門は玲香に告げた 「お主の腹の子は次代の真贋じゃ! お主が育てる訳にはいかぬ……」 玲香はこの日から…… 子ども達から距離を置いて……過ごしすことにした 瑛太や蒼太、恵太は可愛がって…… 康太は……自分の子なのに…… 口すら聞けぬ……… その苦しさに……玲香は泣いた 飛鳥井の女として気丈に振る舞うその陰で…… 玲香と清隆は苦しんでいた 我が子なのに…… 康太を影から見るしか適わぬ…… もどかしさに…… 涙して……玲香は耐えた 「我が子なのじゃ……」 清隆は玲香の零した言葉に…… 父に逆らえず……手放すしか出来なかった不甲斐なさに…… 耐え苦しんでいた 誰にも見せぬが…… 清隆と玲香には…… 誰にも見せれぬ苦しみが付きまとっていた 我が子を…… 想わぬ親などおらぬ 我が子を…… 愛して……愛して…… その成長を見守っていたい…… 親なればそう思う…… 我が子を想い…… 空を見上げる 幸せですか? 笑ってますか? 愛されてますか? この腕で……抱いてやれぬもどかしさに 玲香は涙して…… 祈り続ける 愛した我が子の無事を…… 今日も祈り続ける…… 悠太の後の子は‥‥そんなに長くはいきられはしなかった 源右衛門は五人の子と謂った通りに飛鳥井に六番目の子は育ちはしなかった それでも玲香は亡くした子の年を数え 我が子に育たなかった子の想いを託して見ていた 何時になっても我が子は可愛い 子は可愛い 玲香の想いだった 玲香は胸を張り悔いない日々を噛み締めて歩く 愛する夫と共に‥‥‥ 「清隆、我はお主と共にいられて幸せである お主と知り合わねば解り得なんだ日々が愛しくて貯まらぬ‥‥」 「私もそうです 君と出逢わねば私は何一つ親に逆らう事なく逃げ続けているだけの愚か者にしかなれませんでした‥‥ 玲香、私は貴方を幸せに出来てますか?」 「我は幸せだ! お主と共に生きた日々が幸せでなくば、源右衛門にも清香にも康太にも顔向けが出来ぬではないか! 我は幸せじゃ! お主がいてくれる 康太が我の愛するモノを護ってくれる これ以上の幸せなどない」 清隆は妻を抱き締めた 「死する時まで共に‥‥」 「死しても共に逝こうぞ清隆」 「ええ。死しても共に逝きましょう玲香」 二人は互いを見つめ笑った 共に逝こう 息が止まる瞬間まで‥‥ 明日の飛鳥井の礎になろう‥‥‥

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