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第155話 何も謂わずに‥

兵藤が飛鳥井の家に来た 兵藤は康太に「ありがとう……」と礼を言った 康太は何も言わず…… 「コオ、おいで」 と言いコオを呼んだ コオは嬉しそうに康太の足元に走ってきた 康太は何も言わずコオを兵藤の膝の上に乗せた コオは兵藤の顔をペロペロ舐めて擦り寄った コータと同じ顔をしたコーギー 兵藤は膝の上に乗せてコオを撫でた 兵藤の大切な友達だった 代議士の父親は忙しく、代議士の妻である美緒は父親を支える為に父親以上に忙しかった 兵藤美緒あっての兵藤昭一郎と言われる縁の下の力持ちだった 息子が淋しくない様に…… 傍にいてやれない分 美緒は代わりになるモノを与えた 猫や犬は子供の兵藤を慰める為に、兵藤の家に来た コーギーがいいと言ったのは兵藤だった 何処か……康太に似た……憎めない犬を選んだ ペルシャ猫のコタロウは匂いが康太に似ていたから名付けた 兵藤の傍にいてくれた友達であり家族だった あずきがコロコロと兵藤を突っ突く あずきは少し大きくなっていた 「あずき、おめぇ少し大きくなってるやん」 兵藤は笑ってあずきを抱き上げた 子犬のにおい コータが来た日に嗅いだ匂いだった 兵藤はあずきを抱き締めて……泣いた 「……うちに来た頃は……小さかったんだ……」 兵藤は呟いた 想いは……なくした分だけ深くなる 「おめぇが悲しむと……逝けなくなる……」 「………ずっといてくれたんだ……哀しまないでいられねぇ……」 康太は兵藤の頭を抱き締めた 「忘れなきゃ良いんだ…… 忘れろとは言ってねぇ…… だけど哀しみに囚われてると…… コータもコタロウも……お前から離れられなくなる」 「………二匹………俺の傍にいるのか?」 「あぁ……お前が笑ってられる様に…… 何時だって……祈ってた お前の幸せを誰よりも願ってるのは……あの二匹だろ?」 嗚咽が…… 応接間に響いた 「出逢えた奇跡だ貴史 この世の中で……出逢えるという事は奇跡に近い お前に出逢ってくれた二匹を……忘れるな」 「………忘れねぇ……絶対にな……」 「なら良い……」 後は何も言わず…… 康太は兵藤の横にいてやった 兵藤は泣きながら……眠りに落ちた 康太の膝に……顔を埋め……しゃくり上げていた 康太は兵藤の頭を優しく撫でてやった 慎一が応接間にやって来て…… 泣き疲れて眠る兵藤を見た こんな儚げな兵藤は見た事がなかった 何時も自信家で、へこたれない精神を持っていた 慎一は枕とブランケットを持って来ると、兵藤を康太の膝から下ろし ソファーの上に寝かせ、ブランケットを掛けた 「………弱ってますね……」 「あぁ…今だけだ……」 「ええ……貴方の前でだけ……彼は弱るのです」 コオは兵藤の横で寝そべった イオリはその横に寝そべった あずきは兵藤の顔をペロペロ舐めた 時間が許す限り、コオとイオリとあずきは兵藤を護って座っていた 榊原は康太を抱き寄せた 「………亡くす辛さは……誰よりも解ります」 何度も何度も……早死した愛しき人 送らねばならぬ辛さに…… 魂を結び付けた 共に逝ける様に…… それしか願わなかった 康太は榊原の胸に顔を埋めた

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