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義兄になる前の話

 (あした)も最初から「義兄」だったわけではない。  朝の母親は評判の芸者であった。それで知り合ったとある政界の有力者の妾として暮らしていたときに朝を身籠るも、それを機に有力者の妻から度々嫌がらせを受けていた。有力者と妻の間には子供が無かったという。  ある日、お茶を飲む直前に違和感を覚え、咄嗟に金魚鉢の中に入れると金魚は腹を上にして浮かんだ。通いの使用人が妻から金を貰っていたのだという。胎児と自分の命を危惧し、娘時代に先達として世話になり、今は故郷で産婆をしている絹代(きぬよ)という老婦人を頼り、身重の体一つで帝都から姿を消した。  東北の山奥の里にある絹代の家に世話になることにした母親は、間もなく難産の末に男の子を生んだ。“(あした)に道を聞かば(ゆう)べに死すとも()なり”という故事から朝と名付けられた。  母親は三十代半ば、当時としては高齢出産であった。それが影響したのかどうか、朝が元気に乳を吸うのに反比例するように彼女の状態は悪化し、最期は床から起き上がれなくなっていた。  なけなしの力を振り絞るように、絹代に赤ん坊のこれからを頼み、「この子が成長したら、どうか己が望むままに生きて下さいと、私はあなたを生めて一番幸せだったとお伝えください」と言い残し、この世を去った。  朝と名付けられた男児は健やかに成長し、鄙には稀な美しい少年となる。活発だが、容貌につられたのか、幼い頃から母親の形見を仕立て直した着物を着たり、髪を伸ばして結ったり、小動物や花という可愛らしいものを愛でたりするのを好むこの少年を窘めるでもなく、「お前のお母様によく似ていますよ」と絹代は優しく抱擁した。色々な地を渡り歩いたらしく世知に明るく、優しく逞しく、住民たちからの信頼も厚い絹代を朝は心から慕って、進んでたくさんのことを教わり、文字の読み書きを身につけ、家事の手伝いや、野で採れる花や、薬草を買いに来た商人と交渉したりした。輝くばかりの美貌がものを言って、毎度それなりの値で売れた。  しかし、主に農業や狩猟などを生業とする里の住民たちは絹代を信頼しても、余所者の子供である朝に積極的に関わろうとはしなかったし、同じ年代の男の子たち(女の子は家の手伝いで滅多に見なかった)も余所者の子供だとからかったが、朝自身はそんなことはちっとも気に留めていなかった。むしろからかった子供を挑発し、先に手を出させてからこてんぱんにやっつけていた。石を投げられたら投げ返し、殴りかかられたらその倍殴り、朝を見かけた子供たちが逃げるようになるまでやり返した。これで静かになったと清々した。「そういうところもお母様そっくりですよ」と、絹代は叱ったのちに苦笑した。見習い時代は年上の芸者からやっかまれて嫌がらせを受けることも多かったが、全て同じことをやり返したら誰も何もしなくなったのだという。 「じゃあなんで毒を盛った奥さんにはやり返さなかったの?」 「有力者の妻でありながら子供を生めないのは相当な重圧でしょうから、後から出てきた自分が、奥さんを責める気にはなれなかったと言ってましたよ」  絹代は「お母様は優しくて激しい人でしたから」と付け足した。その時は分からなかったが、成長するにつれて少しだけ分かるような気もする話ではある。  朝が交流を持ったのは育ての親の絹代ともう一人、村一番の猟師で「偏屈爺様」こと辰造(たつぞう)爺さんであった。  妻を亡くし、他に係累もない辰造爺さんは村の外れの小さな小屋に年老いた猟犬と暮らしていた。絹代は辰造爺さんの妻と親しくしていたのもあり、たまに料理などを朝に持たせて使いに出していた。人嫌いで通っている辰造爺さんは、何故か朝と馬が合い、よく山菜が採れる場所や水遊びが出来る穏やかな川、獣との渡り合い方を教えてくれた。  閉塞的な村の中にいることに飽いた朝は、絹代の手伝いの合間に山に入っては山菜を採ったり、暑ければ川で水浴びをし、たまに獣をやり過ごしたり、足に棘が刺さった兎を助けたら懐かれて一緒に行動したり、時々、どの方向から見てもどうしてか顔が分からない女の人に怪我の手当てをしてもらったり、山に住む一つ目の人と話したりして暮らした。  朝が8歳になった年の夏の終わり。絹代は体調を崩して寝込むようになった。朝はできる限りの看病をしたが、この数年ほど不作で、口に出来る食糧も少なくなっていたのも相まって緩やかに命を奪っていった。  その中で、絹代は朝に自分の知り合いの元で暮らしてくれと頼んだ。東京に暮らす篠生(しのお)という紳士に手紙は出したからとも。当然、朝は嫌がったが、絹代はいつになく強い口調でそうするべきだと言い切った。 「私はもう死にます。そしたら、あなたがここにいる理由はもう無いから、もっとうんと広い場所で生きて」 「東京に着いたら、美味しいものを何でも食べていいですよ」  若い頃に絹代に世話になったという紳士は朝にも丁寧な口調で話しかけた。初めて会う大人に身構えていたが、嫌な雰囲気少しもなく、とても静かな人だと思った。 「これから先、不作が続くとなれば村はどんどん貧しくなるでしょう。その時真っ先に身寄りの無い朝が売られたりしないとは言えません。だから、貴方の元で朝を育ててやって下さい。生きることを教えてやって下さい」 「お任せを」 頭を下げる絹代に紳士が頭を下げ返すのを、先程まで絹代の腕の中で声を上げて泣いたため、ほんのり腫れた目で見つめた。  出発の直前に、紳士と二人で母親の墓と、その隣に埋葬した兎、7歳の時に亡くなった辰造爺さんの墓、猟犬の墓に手をあわせ、行こうとすると道に落ちているものがあった。朝のいっとう好きな菖蒲が1本。誰が置いたのだろうと首を捻る紳士の横で、山で会う顔の見えない女性を何故か連想した。  切られたばかりらしくまだ瑞々しいそれを手にし、紳士に連れられて里を後にした。  また蛇足のような話。  篠生 朝(しのお あした)として東京で暮らすようになってからひと月ほど経った日。朝は起きてからずっと緊張していた。養父の篠生が、世話になった人の孫を引取ろうというのだ。朝より2つ下の、義理の弟ということになるらしい。  異論はないが、反りが合わない場合はどうしよう、まさか里の時みたいに叩きのめすというわけにもいけないしと困っていると、養父がその子をつれてきたらしく、慌てて玄関先に向かう。  養父が出て行ってしまって、視線が交わると、ちょっとだけ驚いたように目を瞬いた、非常に端正な顔立ちに、けして拭えない陰を纏ったその男の子をとても可愛いと感じたのだった。  ここは年上らしくせねば、意気込んで軽口を叩き、手を引くと、彼の呟きが耳に飛び込んだ。 「……よろしく、兄さん」  たった一言で、この上なく暖かな感情の波が満ちるのが分かった。  それがどういう感情なのか、まだ分からないまま、顔を赤らめた「弟」がもういいと身をよじるまで、絹代がよくしてくれたのをなぞるように抱き寄せた。

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