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第三章・9
「俺がマンションに帰れる時間は限られるけど、ここに一人でいるよりいいと思う」
「……お世話になっても、いいんですか?」
「うん。落ち着いたら、喫茶店を再開してもいいし、何か別の道を選んでもいい」
別の道。
考えたこともなかった。
僕は高校を卒業したら、父さんと一緒に喫茶店をやる、って決めてたから。
でも、もう父さんはいない。
こんな小さな、白い箱に収まっちゃった。
「う……。っく。うぅッ……」
「泣いていいよ、郁実くん」
颯真は、郁実を抱き寄せた。
葬儀の際は、涙一つ見せなかった郁実だ。
今になって、悲しみがどっと押し寄せてきたのだろう。
郁実は、泣いた。
広い颯真の胸の中で、思いきり泣いた。
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