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第四章・3
無我夢中で、どっぷりはまっていた、芸能界。
もてはやされるのは気持ちよかったし、わがまま放題ふるまうのも痛快だった。
だが、一杯のコーヒーが、郁実がそれを変えた。
俳優・五条 颯真ではなく、一個人の。
自分の、ささやかな幸せを求めるようになっていた。
隣に寄り添い、ゆっくり歩く郁実。
彼は相変わらずあまり喋らないが、静かな時間が心地よかった。
「颯真さん。僕といて、退屈じゃないですか?」
「まさか。そんなこと、無いよ」
なら、いいんですけど。
そんな風に、郁実は言った。
「以前付き合ってた人、僕は退屈だ、って離れていっちゃったから」
「郁実くん、誰かと付き合ったことあるの!?」
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