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第七章・9

 郁実の淹れたアイスコーヒーを飲みながら、颯真は語って聞かせた。 「監督が、どうしてもラブシーンを入れようって言い出してね」  もともと、濡れ場は無しでOKしたはずの作品だ。  しかし相手役の俳優が、ひどくノッてきた。 「演技の成長が著しくってね。初めてカメラを回した時と今とでは、別人みたい」 「そうなんですか」  その迫真の演技に監督が、これは二人の間に何かなきゃ絶対おかしいだろ、と台本の書き換えを提案してきたのだ。  互いに命を預け合って逃避行する、パートナー。  激しいアクションの後に訪れる、つかの間の静寂。 「そこに、監督はエッチを放り込もう、って」  ぷぅ、と頬を膨らませる颯真だ。

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