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第八章 意地と誇りと

「郁実」  優しい声がする。  懐かしい、この声は……。 「父さん」 「郁実、こんな所で何をしてるんだ?」 「え? 何って」  僕は喫茶店を締めて、それからチャリでどこかへ行こうとしていて。 「父さん、ここはどこ?」 「お前は、まだ来ちゃいけないところだ」  帰りなさい、と父は郁実の肩を、とん、と後ろに押した。  すうっと、吸い込まれるように体が落ちてゆく。 「父さん!」  腕を伸ばしても、もう父には届かなかった。

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