9 / 42
2-2
「あの、結局話がそれてるんですけど。バーは何なんですか? お手伝いって?」
ぱくぱくとパフェを詰め込む先生は、なんてことはない風に言った。
「下連雀 に、行きつけのカフェバーがあるんだ。『レターズ』っていうんだけど。そこで聞く話はどれもドラマチックでね。ちょっとネタ集め。そして何より、君も、作家を志すなら早めに出入りしておいた方がいい」
どういうことだろう。作家の登竜門的な何かなのだろうか。
「何でですか?」
「元々、文壇バーだったんだ。知ってる? 文壇バー」
「あ、分かります」
昔の文豪や一流の文化人が通う、高級クラブみたいなものだったはず。
バーといいつつ、綺麗な女性がお酌をしておしゃべりしてくれるのがメインだった、とかなんとか。
「さて、三鷹野高校に通う作家志望くん。下連雀に文壇バー……誰かの顔が浮かばないかい?」
「あ、太宰治ですか?」
「ピンポン。三鷹市下連雀は、太宰の住まいがあったところだね」
ゆかりの地? 太宰の子孫とか愛弟子みたいなひとがいるとか?
俺が続きを待っていると、先生は、キョトンとした目でこちらを見つめ返した。
「なに?」
「いや、だから。太宰の文壇バーに早く出入りした方がいい理由は何ですか?」
「ああ。自分の平凡さを知るのにいいと思ってね。君はとても個性的な人物だけど、同時に、割とどこにでもいる根暗な少年だ」
スクールカウンセラーの言葉とは思えない。
相談室で最もふさわしくない一言だったのではないだろうか。
「からかってます?」
眉間にしわを寄せてにらむ。
先生はスプーンをくわえたまま、俺の目をじいっと見ていた――本当に笑いをこらえるのが下手だ。
「ただいま」
17:00すぎ。最近、少しだけ帰りが遅い日が増えたけど、母には特に何も言っていない。
母も特に聞いてこないけれど、夕飯までにはちゃんと帰ってくるので、別に詮索しないだろう。
「母さん。俺、3日の夕方以降って空いてるよね?」
「うーん? 特に予定入れてないけど。どこかでかけるの?」
「うん、ちょっと」
「何するの?」
聞かれて、ドキッとしてしまった。
先生と個人的に出かけるということを言っていいのか――まずいだろう。
「友達がね、できて」
言ってから、めちゃくちゃ恥ずかしくなった。
母の様子を見ると、目を見開いたま固まっていた。
ややあって、満面の笑みになる。
「そう、よかったね。クラスの子?」
「ん? いや、クラスは違うけど。ちょっとカラオケ?」
大胆な嘘の理由は、バーならタバコのにおいがつく可能性があると思ったからだ。
「よかったね、大河」
「うん」
すごく胸が痛い。友達ができたなんて、むなしい嘘で。
ともだちにシェアしよう!