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「あの、結局話がそれてるんですけど。バーは何なんですか? お手伝いって?」  ぱくぱくとパフェを詰め込む先生は、なんてことはない風に言った。 「下連雀(しもれんじゃく)に、行きつけのカフェバーがあるんだ。『レターズ』っていうんだけど。そこで聞く話はどれもドラマチックでね。ちょっとネタ集め。そして何より、君も、作家を志すなら早めに出入りしておいた方がいい」  どういうことだろう。作家の登竜門的な何かなのだろうか。 「何でですか?」 「元々、文壇バーだったんだ。知ってる? 文壇バー」 「あ、分かります」  昔の文豪や一流の文化人が通う、高級クラブみたいなものだったはず。  バーといいつつ、綺麗な女性がお酌をしておしゃべりしてくれるのがメインだった、とかなんとか。 「さて、三鷹野高校に通う作家志望くん。下連雀に文壇バー……誰かの顔が浮かばないかい?」 「あ、太宰治ですか?」 「ピンポン。三鷹市下連雀は、太宰の住まいがあったところだね」  ゆかりの地? 太宰の子孫とか愛弟子みたいなひとがいるとか?  俺が続きを待っていると、先生は、キョトンとした目でこちらを見つめ返した。 「なに?」 「いや、だから。太宰の文壇バーに早く出入りした方がいい理由は何ですか?」 「ああ。自分の平凡さを知るのにいいと思ってね。君はとても個性的な人物だけど、同時に、割とどこにでもいる根暗な少年だ」  スクールカウンセラーの言葉とは思えない。  相談室で最もふさわしくない一言だったのではないだろうか。 「からかってます?」  眉間にしわを寄せてにらむ。  先生はスプーンをくわえたまま、俺の目をじいっと見ていた――本当に笑いをこらえるのが下手だ。 「ただいま」  17:00すぎ。最近、少しだけ帰りが遅い日が増えたけど、母には特に何も言っていない。  母も特に聞いてこないけれど、夕飯までにはちゃんと帰ってくるので、別に詮索しないだろう。 「母さん。俺、3日の夕方以降って空いてるよね?」 「うーん? 特に予定入れてないけど。どこかでかけるの?」 「うん、ちょっと」 「何するの?」  聞かれて、ドキッとしてしまった。  先生と個人的に出かけるということを言っていいのか――まずいだろう。 「友達がね、できて」  言ってから、めちゃくちゃ恥ずかしくなった。  母の様子を見ると、目を見開いたま固まっていた。  ややあって、満面の笑みになる。 「そう、よかったね。クラスの子?」 「ん? いや、クラスは違うけど。ちょっとカラオケ?」  大胆な嘘の理由は、バーならタバコのにおいがつく可能性があると思ったからだ。 「よかったね、大河」 「うん」  すごく胸が痛い。友達ができたなんて、むなしい嘘で。

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