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ずんずん手を引かれてバス通りに出ると、先生はタクシー会社に電話をした。
「どこに行くんですか?」
「僕のうち」
「え?」
時刻は20:00で、そろそろ帰らないとまずい。
「あの、あんまり遅くなると親に何か言われそうなんですけど」
おずおずと申し出ると、先生はチラッと俺を見下ろした。
「少年。ミステリーはどこから生まれると思う?」
「え……? っと」
唐突な質問に答えあぐねていると、頬を片手でぶにゅっと掴まれた。
「真っ赤な嘘からに決まっているでしょう。さあ、メールを書きなされ。新しくできた友達と夜通しゲームをすると」
「ええ……?」
顔が解放されたので、言われた通りに文章を作る。
[友達がゲームしたいって言ってるんだけど、泊まっていい?]
悪い友達ができたとか、実はカツアゲされてるとか思われたらどうしようかと思ったけど、母からは、ピースマークの絵文字付きでOKと来た。
「理解のあるお母上だね」
「高校で初めての『友達』に気を遣ってくれたんだと思います。あー母さんごめんなさい」
夜空に向かってつぶやいたところで、タクシーが到着した。
杉並区の西永福 にある先生の家は、だいぶレトロな古民家だった――着流し姿が似合いすぎる。
「築99年。震災と空襲を免れたしぶといハニーだよ」
柱に口づけるひとなんか、生まれて初めて見た。
中はけっこう綺麗に改装されていて、台所が薪だとか、お風呂が五右衛門だとか、そんなことはないらしい。
「ここが僕の仕事部屋」
ふすまを開けると、ちゃぶ台に、ノートパソコン。
「あれ? 原稿用紙に万年筆じゃないんですか?」
「イメージでものを言うんじゃないよ」
ポコッと頭を叩かれた。
畳の上には、本がいくつもの塔を作っていて、どの本からも、カラフルはふせんがぴらぴらとはみ出している。
「先生の本、ここにないんですか?」
「ないよ。君が来ると思って、全部天袋に隠しました」
「えっ?」
びっくりして聞き返す。
すると先生は、なぜかバツが悪そうにそっぽを向いて、ぽりぽりとうなじのあたりをかいた。
「……書生になったんでしょ?」
「あ、はい。そうです」
なんだろう、なんか恥ずかしい。
先生はさっさと仕事部屋を出て、隣の部屋に入った。
布団がたたんで置いてある。寝室らしい。
「風呂に入ってきなさい、と言いたいんだけども、君のサイズに合う寝間着がないね。浴衣は無理か。洋服、何かあったかな……」
ごそごそと桐箪笥 を漁る先生の背中に声をかける。
「いいですよ、このまま寝ますから」
「そんな首元に布切れがくっついた服を着て、ゆっくり眠れないと思うけど」
フード。
このひとは本当に、21世紀を生きているんだろうか。
「ああ、あったあった。僕が中学生のときに着ていた浴衣があったよ」
「中学生……?」
「君、165くらいでしょう。ちょうどいいよ。はい」
体に当てられたら、悲しいくらいぴったりだった。
「じゃあ、風呂を沸かして来るから、適当にその辺でくつろいでて」
「はい、すいません」
先生が出ていき、ひとり残された部屋で、手持ち無沙汰になる。
窓の外を見ると月が綺麗で、庭の真ん中には石灯籠 、外灯が照らす生垣、浮世絵みたいに剪定 された松。
変なところに来たな、という印象。
何をするんだろう?
ようやく小説の指導をしてもらえるのか、はたまた、さっきのレターズでのやりとりについて、何か教えてもらえるのか。
それに思えば、ひとりで誰かのうちに泊まるなんて初めてだ。
変な状態ではあるけど、ちょっとワクワクした。
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