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 お風呂から上がって、寝室のレトロな鏡台のところで、髪にドライヤーをかける――文明の利器があると驚いたら、脇腹をくすぐられた。  適当に乾かして、ぼーっとする。  浴衣はなんだかスースーして、居心地が悪い。  自称・カラスも驚くカラスの行水だという先生は、5分もしないうちにお風呂から上がってきた。 「待たせたね」  振り返ると、先生は濡れた髪をぼさぼさと拭いていて、俺の隣にすとんと座った。  目が合う。  先生の浴衣姿は、ざっくりと小慣れている感じでかっこいいなと思った。 「何を見惚れているんだね?」 「え、いや。文学的に考えたら、こういうのを『水も(したた)()い男』とかいうのかな、って」  素直な感想を告げると、先生は、不自然に口をとがらせたまま俺の顔をじっと見た――笑いのごまかし方が雑だ。 「笑いたいなら笑えばいいですよ。もうちょっと慣用句の勉強しますから」  恥ずかしくなってぶっきらぼうに言ってみたら、先生は、盛大に眉間にしわを寄せて変なことを言い始めた。 「……先に言い訳させてもらうと、きょうはこんなことを教えるつもりじゃなかったんだよ? でもいま僕は、ただただ君の向学心に関心している。だからひとつ教えてあげよう」 「え? 何ですか?」  言っている意味が分からなくて首をかしげると、先生はまじめな顔で聞いた。 「君が1番尊敬する作家は、江戸川乱歩だと言ったね?」 「はい、そうです」 「乱歩は優れた推理作家でありながら、男色と少年愛のプロフェッショナルでもあった。これは知っていたかな」 「えっと、よく知らないです」  先生は畳に片手をついて、ずいっと顔を近づけてきた。 「優れたミステリーは、人の業が生むんだ。分かるかい、大河」  初めて名前を呼ばれた。と思ったら、先生はさらに顔を近づけてきて……そのまま。 「……っ!?」  空いた片手で後頭部を押さえられて、キスされていた。  身を引こうとしたけど、力が強い。 「大河」  くちびるをくっつけたままささやかれて、完全に気が動転する。 「せんせ、」 「いいから。じっとしていなさい」  低い声で言われて、首をすくめたまま固まってしまった。 「目を閉じて、感触だけをよく覚えて。あとで文章に書き起こしてもらうから、きちんと日本語で考えるんだよ。いいね?」  声も出ないまま、こくりとうなずく。  ふにふにと、何度かやわらかくくちびるを当てられる。  両手で耳の後ろの辺りを支えられたと思ったら、顔の角度を変えて、ちゅ、ちゅ、と音を立ててキスされた。 「ん」  びっくりして、ちょっと声が漏れてしまう。  叱られるかと思って片目をそっと開けたら、先生はちょっと笑って、「可愛い」と言った。  どう答えていいか分からなくて、またぎゅっと目を閉じる。 「大河、少し口を開けてごらん」  言われた通りにすると、先生の舌が入ってきた。 「ぁ……っ」  ちょっとパニックになりながらも、必死に覚える。  先生の舌が俺の舌を探り当てて、ゆっくりと触れてきた。  あったかくて、やわらかくて、でもたまに先っぽを固くしてつつかれて……。  うまく息ができなくて顔を離そうとしたら、先生の息も少し上がっていた。 「まだする? 覚えきれてなかったら、同じようにしてあげる」  どうしようかと思ったけど、いまのところ、全然書ける気がしない。 「あの、もうちょっとだけ、してください」  先生は、真面目な顔で俺の真正面に座り直し、片手で頬を包んだ。 「大事なのは、五感の繋がりだよ。いいね?」 「分かりました」

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