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 D-ZAKAを出たあとは、太宰のお墓がある禅林寺へ行くことにした。  三鷹駅からバスに乗るので、誰かに鉢合わせるんじゃないかと気が気でなかった――先生は着流しなんて目立つ格好だし、俺は制服のままだ。  先生が横にいて、うれしい。だけど、そんなに近寄らないで欲しい。  終始うつむきっぱなしだった俺は、何事もなくお墓の前に着いたところで、ようやくふーっと息を吐いた。  生きた心地がしないとはこのことかなと思う。 「ほら、大河。見てごらん」  先生が指差したお墓には、『太宰治』と彫られた文字の中に、さくらんぼが詰め込まれていた。  薄暗いお墓の冷たい墓石。詰め込まれたさくらんぼだけが真っ赤で、異様だ。 「桜桃忌に、こうしてさくらんぼを詰める風習があってね。と考えると、さっき僕が君の口にさくらんぼを突っ込んだことも納得でしょう?」 「納得するわけないじゃないですか。俺はお墓じゃないです」  口元にこぶしをくっつけて笑いを噛み殺した先生は、お墓の前にしゃがんだ。  俺も並んで、ふたりで手を合わせる。  顔を上げると、先生の顔が目の前にあった。  ギョッとして体を引こうとしたら、腰をガッチリ掴まれた。 「制服姿の君を乱すのは、眼福そうだなあ。家に帰ったらそのまま抱いてもいい?」 「ダメですっ」  恥ずかしさのあまり、肩のあたりを叩く。  すると、後ろの方からざわざわとひとの声が聞こえてきた。 「およ、団体さんの到着かな」  先生は俺の腕を引っ張って、死角の壁際に連れ込んだ。 「抱くのがダメならちょっとここで」 「は、え? え?」  慌てふためいて声を上げてしまったけど、ひとに聞かれたらまずい。  とっさに手の甲で口元を押さえると、先生は俺の夏服用ベストをたくしあげた。  声にならない声で非難するけど、先生はお構いなしだ。  俺の手をどけて、キス。それも、割と深いやつ。  わざと音を立てるあたり、いじわるだ。 「……、っん」 「ずいぶんやらしい顔で煽るねえ」  小声でつぶやく先生は、楽しそうだ。  お墓でこんなことするなんて、罰当たりにもほどがある。  キスの間にもワイシャツのボタンは外されていき、みぞおちの下くらいまで大きくはだける。  素肌に先生の手が滑り込んできて、思わずビクッとしてしまった。 「壮観壮観」 「……だ、め」  こんなところでこんなこと、絶対ダメなのに、好きなひとに求められたら、弱々しくしか抵抗できない。  先生は、俺の胸のあたりに何度かくちびるを寄せてキスした。 「この可愛いさくらんぼは、あとで家でじっくりいただくことにしますかね」  可愛いさくらんぼ……何が言いたいのかが分かって、背中をぽすんと叩いた。 「バカ、バカ」 「なんとでも言いなされ。どうせ布団のうえでは鳴いてよがってしてくれと言うんだから」 「ん……っ」  泣きたくなったところで、先生は俺の頭をなでて、服を直してくれた。 「帰ろうか。食事を作る手間が惜しいから、刺身でいいかね」 「……はい」  餌付けされている感じもする。  先生の家に着いて、「ゆっくりしていなさい」というお言葉に甘えて、食事の準備が終わるのを待っていた。  きょうは色々振り回されっぱなしで大変だったけど、なんだかんだで先生の気まぐれに巻き込まれるのは心地良くて……誰かにこんな風に構われることなんて、なかったからだろうか。  思えば、初対面の誰かと話すのがうまくいったことなんて全然ないのに、愛美さんとも福地さんとも、いつの間にか普通に話せるようになっていた。  先生のちょっかいの出し方は本当に大人げないけど、そうやって俺の世界を少しずつ広げてくれているのだと思ったら、うれしくて仕方がなくなった。  台所に立つ先生の様子を見る。  腰に手を当てて、片手では小さなお皿で何やら味見をしている。  みそ汁のいいにおいがしているから、たぶんそれ。  母に嘘をついているのはちょっと申し訳ないけど、身内以外に心を許せるひとができたのは本当なので、許して欲しい。 「大河。夕食を終えたら一緒に風呂に入ろう」 「え!?」 「大丈夫、変なことはしないよ。僕は長風呂が苦手だから」  5分で出てしまうひとと一緒に入る意味が分からない……と思ったけど、先生がしたいことは何でもしたい気がした。

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