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 放課後、俺は佐々木さんとふたりそろって、相談室を訪れていた。 「さわりだけ市井くんに聞いたけど、大変だったね。大丈夫かな?」  今朝、登校してすぐに相談室を予約してきたということにして、概要だけ話してあるていになっている。 「悩んでるっていうよりは、困ってます」 「分かりました。とりあえずふたりとも、そこにかけて?」  少し気まずく思いつつ並んで座り、先生は向かいのソファに腰掛けた。 「実物の手紙、持ってきてくれてるんだよね?」 「はい、これです」  スクールバッグから取り出されたのは、3枚の茶封筒。  中から取り出した3枚の手紙は、送られてきた画像と同じものだ。  紙は普通のコピー用紙だし、印刷も、普通の家庭用インクジェットプリンターだろう。  内容を除けば、何の変哲もない、ただの文書。  ただ、ひとつ違和感があった。こんな風に、3つ折りにされていたっけ?  不審に思いながら、きのう送られてきた画像をこっそり見ようとしたら、なぜか昨日のトークがまるごと『送信取り消し』になっていて、画像が見られなかった。 「この手紙、この封筒に入って届いたの?」 「えっと、はい。そうです」  こくりとうなずいた佐々木さんは、どこか、慌てているように見える。  嘘をついているんだろうか。まさか、自作自演? いや、理由がないか。  でも、記憶が正しければきのう送られてきた画像の手紙は折り目がなかったので、何かの嘘をついている気がする。 「見せてもらっていいかな」 「どうぞ」  手に取ってさっと目を通した先生は、肩をすくめて言った。 「ちょっと、熱烈すぎるっていうか、これじゃあ困っちゃうね」 「はい……」 「心当たりはあるのかな」  佐々木さんはゆるゆると首を横に振った。 「分かりません」  先生は『君の狭い常識で考えると間違える』と釘を刺してくれたけど、俺にはどうしても、佐々木さんの自作自演にしか思えなかった。  でも、理由が分からない。  そんなパフォーマンスをするにしたって、友達の前でやるならまだしも、何の関わりもない俺に対してやったところで、意味がない。  そもそも本人も、『市井くんなら周りに言わなそう』と言っていたのだから、俺が噂を広めることを期待してやったわけでもなさそう。 「市井くんに相談した経緯を教えてくれる?」  新葉先生が、全力のさわやかスマイルで、すっとぼけて聞いた。  佐々木さんは、少し恥ずかしそうにしたあと、ポツッと言った。 「大河くんに、付き合ってるフリをしてもらおうと思ったんです。『僕しかいない』みたいな文だから、そんなことないって分かって引き下がってくれたらいいなって」 「市井くんな理由は?」 「……周りに言いふらしたりしなさそう、と思いました」  先生は、俺に目を合わせた。 「少し手伝ってあげたら? それとも、何かダメな理由があるのかな」 「え? っと……」  なんて質問をするんだ。  これは暗に手伝えということなのだろうか。  いや、きのうあんなこと言ってたし、そんなわけないし……。  これ、俺の口から『恋人がいます』って言わせたいだけじゃないの?  思わず眉間にしわを寄せそうになったところで、佐々木さんが困ったように笑った。 「大河くんは付き合ってるひとがいるみたいで。わたし知らなくて、付き合ってるフリなんて変なお願いしちゃったんですけど……でも、相談に乗ってくれそうだったから、思い切ってこの手紙の話をしたんです。巻き込んじゃってごめんね?」  こちらを向いて、申し訳なさそうにする。  俺は言葉が出てこなくて、ただ首を横に振った。  先生は、ゆったりした口調でたずねる。 「じゃあ佐々木さんは、最初は、この手紙のことを市井くんに話すつもりはなかったんだね?」 「はい。もちろん、フリをしてもらうからには、困り事があるってことは言おうと思ってたんですけど、そこまで言うのは違うかなって思って」  カフェでのやりとりを思い出す。  付き合っているフリをして欲しいと言われ、恋人がいるからと断り、恋人のことをたくさん質問されたので答えて、謝られて……それで俺が訳があるのかと聞いたあと、1分くらい黙っちゃったんだ。  言うかどうしようか、悩んだのだろう。  で、悩んだ結果、手紙のことを教えてくれた。  佐々木さんが、先生にたずねた。 「先生、こういう場合ってどうしたらいいんですか? 相手が誰だか分からないから、避けることもできないんです」  先生は腕組みしたあと、ちょっと笑って俺に向かって頭を下げた。 「先に謝っておきたいんだけど……市井くん、気を悪くしたらごめんね?」 「え?」  俺の反応には答えず、佐々木さんの方を見る。 「付き合うフリをしてもらうひと、佐々木さんの人選はすごく良かったと思うんだよね。というか、市井くんしかいなかったかも知れない」  え? 何が?  俺には言っている意味がさっぱり分からないのに、佐々木さんは少し恥ずかしそうに、小さくこくりとうなずいた。 「全文読ませてもらったけど、市井くん、見事に正反対なんだもん。屈強どころかすごく体の線が細いし、男らしく引っ張っていくというタイプでもなさそうだし、このひとは部活で熱い青春を送っているって書いてあるけど、市井くんはたしか部活入ってないよね?」 「え? あ、はい」  きのう先生に言われた悪口を思い出す。  ただのやきもちだと思っていたけど、もしかしたら、あのときには既に、何か分かっていたのかもしれない。  だったらもう、先生は答えが分かっている? 「僕の見る限りでは、3通の話をまとめると、これに該当する子はうちの学校にはいないかなと思うんだけど。他校か、本人が盛りに盛っているか、あとは何だろうね? とにかく、市井くんは、この手紙の人物から佐々木さんを守るために現れたみたいだ」  先生が首をかしげて笑うと、佐々木さんは、みるみる真っ赤になっていった。  それを見て、ちょいと身を乗り出した先生は、佐々木さんに耳打ちし始めた。  ごにょごにょと、10秒くらい。  佐々木さんはじわじわと目を丸くしていき、最後に、こくりとうなずいた。 「ごめん、ちょっと席を外すね」 「えっ?」  全然状況が飲み込めないまま、先生は、スタスタと外へ出てしまった。

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