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 ふたりになってしまった部屋で、佐々木さんが切り出した。 「あの、ね。ごめん。嘘ついちゃった」 「え?」  ……と驚いてみるものの、やっぱり自作自演だったか、と思う。 「付き合ってるフリして欲しいって言ったんだけど……ほんとは、好きだから、付き合って欲しかったの」  ……は? えっ!?  予想外すぎて、というか俺の人生にない予定のことが起きて、パニックに陥る。  佐々木さんが? 俺を? 好き? 「え、っと、それは」  と言ったきり、言葉が出てこない。  佐々木さんは、ちょっとうつむいて、少し潤んだ上目遣いでこちらを見た。 「ずっと大河くんのこといいなって思ってて、でも、接点がなさすぎるから、とりあえず連絡先を教えてもらおうと思って。でもあんまり気が進まなそうに見えたし、誘ってもいきなりふたりで出かけるとか無理だろうなって思って、でも大人数も苦手って言うし。だから何かに困ってることにしちゃおうって思って、『付き合ってるフリしてください』って言ったの」  まだ混乱の最中で、「そうなんだ……」と、バカみたいなひとことを返すしかできなかった。  佐々木さんの独白は続く。 「困ってるって言えば断らないでくれるかと思ったの。それで付き合ってるフリってことででかけたりしてるうちに、好きになってくれないかな、とか。でも、彼女さんがいるって聞いて、びっくりしちゃって……思わず、変な手紙が来るなんて嘘ついちゃった」  なるほど。分かった。  あの1分間の沈黙は、手紙のことを言うべきか迷っていたわけではなく、気を引ける嘘を考えていて、思いついたのが手紙だったというわけだ。  でもここは、鈍いフリをする。 「じゃあ、手紙は?」 「自分で作った。新葉先生の言う通りで、大河くんと正反対のひとってことにして」  神妙な顔で、続きを待つ。 「同情してくれたら、デートのフリくらいしてくれるかなとか思ったんだけど、だんだん、彼女さんに申し訳ないなって思い始めたの。だからきょうは、新葉先生にストーカー撃退法みたいなのを教わって、『相談室に付き合ってくれてありがとう』で終わらせようと思ったんだけど……嘘が先生にバレちゃった」 「耳打ちしてたのはそれ?」  ぎこちなくうなずく。 「先生が、『市井くんにずっと嘘ついたまま、心配かけたままでいいの?』って。それで、席を外そうかって言われたから、そうしてもらった」  謎の全貌が分かった。けど、こんなことが俺の人生に起きるなんて。  困る。ただただ困る。 「えっと……俺はどうしたらいい?」 「ううん、ただ謝りたかっただけだから。連絡先も消しちゃって? 彼女さんに嫌な思いさせちゃうもんね」 「えっと……」  別に消すほどでは、と自分的には思ったのだけど……嫉妬の権化みたいな珍妙作家のことを思い出したら、うなずかざるを得なかった。 「ごめんね。ちょっと、というかだいぶやきもち妬くタイプで……女の子名前なんか見つけたら、怒って電話するとかやりそうで。迷惑かけちゃうと思うから。ほんとごめん」  佐々木さんは、目をぱちぱちしたあと、眉根を寄せて笑った。 「……あはは。なんか、いいなあ。彼女さんがうらやましいよ。年上で美人さんなんだもんね」  と、その時、コンコンとノック音が聞こえた。  ドアがそっと開いて、先生が、顔だけ出して聞いた。 「話、終わった?」 「あっ、はい。終わりました。すみません」 「入って平気?」 「はい」  佐々木さんがペコペコする横で、俺は、泣きたくなっていた。  なんだこの状況。なんだこのとばっちり。しかも先生は余裕で知ってた。 「あの、わたし帰ります」 「よければ、また相談室に来て?」 「……はい。それじゃあ、失礼します。市井くん、またね」 「うん、バイバイ」  呼び方が、市井くんに戻っていた。

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