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謎⑥ 薫風の如し

 帰りのホームルームが終わると同時に、教室を飛び出した。  すれ違った何人かが驚いて振り返ったけれど、そんなことはどうでもよく、一刻も早く先生を問い詰めなければならない。  階段を2段飛ばしで降りて、相談室の扉を乱暴に開けた。 「先生!?」 「はい?」  息を弾ませる俺と、マグカップを片手にキョトンとする先生。 「どうしたの?」 「先生、突き止めましたよ。あなたが誰なのか。大変分かりやすいヒントをどうもありがとうございました!」  雑にうわばきを脱ぎ捨て、怒りのままに先生のデスクに叩きつけたのは、『文藝世界』の最新号。  先生はマグカップを置き、雑誌をのぞきこむ。 「およ。ついに君も、純文学に目覚めたかね?」  すっとぼける先生を無視して、雑誌をぱーっとめくる。  探り当てたページを、先生によく見えるように両手で開いて突きつけた。  半ページのエッセイ。  タイトルは、『常葉(ときわ)風月(ふうげつ)の パフェ食べませんか』。  俺はふーっと長く息を吐いて、怒らないようにしながら、つぶやくように読み始めた。 「最近よく懐いている文学少年に、ちょっとした意地悪をした。『山手線にはねられたから養生してくる』と、共通の知人にことづけたのである」  チラッと目線を上げて先生の様子をうかがうと、無表情でこちらを見つめていた。  何も言わない。  仕方がないので、決定的な最後の一文を読み上げる。 「少年は無事、大丸デパートの温泉まんじゅう市に姿を現し、城崎(きのさき)まんじゅうを()む私と感動の再会を果たした。……これ、俺のことですよね?」  ゆっくり顔を上げ先生をにらみつけると、やはりというか、片頬を噛んで笑いを噛み殺していた。 「無断で人のプライバシーを侵害しないでください」 「なに、名推理だったじゃない。愛美にことづけた『山手線にはねられた』という伝言から、君はちゃーんと、志賀直哉の『城の崎にて』を思いついた。見事だったよ。主人公は山手線にはねられて、怪我の治療のために城崎温泉へ湯治に……」 「だから! たまたま東京駅で温泉まんじゅう市を見つけたからよかったですけど! 危うく新幹線で兵庫まで行くところでしたよ!」 「兵庫まで行こうとしてたの? そうか、作品舞台まできちんと調べてたんだね。試験勉強してた証拠だ、えらいえらい」 「……」  たしかに、山手線にはねられたという文言で『城の崎にて』が思い浮かんだのは、先日行われた期末テスト範囲だったからだ。  無意識に眉間にしわが寄る。  気を取り直して、ネットで調べてきたことを発表した。 「常葉風月。5月13日生まれの30歳。神奈川県相模原市出身。20歳のときに『萌芽』で湯河原小説賞を受賞し、デビュー。2年前に『葉桜と絵馬』で谷崎文学賞を受賞。イケメンだとSNSでバズり、純文学では異例の100万部を突破した」 「大体合ってるけど、最後のは余計だね」  目を細めてじとっと見る。 「それで、筆名の由来は分かった?」 「本名とリンクしていることは分かりましたけど、まだはっきりと正解は出せていません。それより先に、無断で書いたことを謝ってくださいよ」  先生は何も言わず、ちょんちょんとソファを指さした。

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