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11 隠し事

 それからすぐに俺はこの店で働くようになった。シフト制だから日によって一緒に働く顔ぶれも違う。働き始めた当初は、俺以外は皆学生のバイトだった。歳を誤魔化していたせいか、俺の見た目の幼さにだいぶバカにされもしたけど、基本的にプライベートも詮索されず、気さくな人間ばかりだったから居心地が良かった。  伊吹の店で働くようになってから今に至る迄に、俺以外の従業員は何度も変わった。学生の期間だけのバイトだったり、自分で店を持ちたいから修行させてくれと言って働きに来ていたりと理由は様々。それでも一度もトラブルで辞めていった奴などはおらず、それは伊吹という店長の人柄だと実感していた。 「なあ、理玖……ちょっといいか?」  ある時難しい顔をした伊吹に声をかけられた。営業中にもかかわらず裏に呼ばれた俺は少し緊張しながら言葉を待つ。自分のここ最近の店での行動を思い返し、何か失敗などしたのだろうかと不安になった。 「お前……俺に何か隠してないか?」 「いえ、別に何も……」  言いにくいのか、伊吹は何かを考えながらゆっくりと話す。隠していることといったら俺がΩだということだけだ。でも毎日強い薬をちゃんと飲んでるし、何ならその薬のせいで発情期すらいつ来たのかもわからなくなっているくらいだ。バレてるなんて絶対にない。年齢だって採用された時は未成年だったけど、もう今は成人している。これはバレたところで問題はないだろう。ちゃんと詫びてこのまま働かせて貰えばいい……  大丈夫── 「ちゃんと飯は食ってるのか?」 「え? 飯っすか? えっと……はい、一応」  意外な言葉に拍子抜けした。正直言ってここ最近は味がよく分からなくて何を食べても美味しく感じていなかった。だからちゃんとした食事はとっていなかった。でも呼び出された理由はこんな事か、とホッとしていたら伊吹はため息を吐きながら言葉を続ける。 「はぁ……無自覚か。酷いからな? その顔色と痩せこけた頬……お前、何かヤバい薬、やってねえか?」  ギロリと睨まれ思わず息をのむ。いつもの優しい笑顔はない。じっと俺の目を見つめる伊吹は「最初の頃から気になっていた」と静かに話す。伊吹のこんな怖い顔を見たことがなかった俺は、何と言っていいのか緊張で頭が回らなかった。只々「違う」という意思表示で首を横に振ることしかできなかった。 「初対面の時から常に理玖の顔色が酷いって思ってたんだが、ここのところそれが加速してるし体重も落ちてるだろ? そのうちお前ぶっ倒れるんじゃないかって心配なんだよ……それに自覚無いみたいだけど、臭うんだよな」 「え! 臭うって」  ドキッとした。知らず知らずにΩのフェロモンが出てしまっていたのか? でもこれ以上強い薬は飲めない。今常用している薬だって医者が「ここぞという時にしか服用しないように」と言っていたような薬だ。常用していいものじゃないのは自分でもわかっていた。それでも死にはしないだろうと飲み続けている薬だから、今更やめるなんてできない。かといって正直にΩだということを話すのも俺には怖くてできなかった。 「ああ、そうじゃない。臭うってのは俺だけが感じることだから気にすんな。ちょっと人より敏感なんだよな、昔っから……何ていうの? 理玖からは自然な匂いじゃなくて薬品的な匂いが強い……みたいな?」 「あ……あの、俺……貧血が酷くて、その……常用している薬がきっと強いんじゃないかなって。でも問題ないです。最近ちょっと食欲なかったから、きっとそれで……」 「そうか? 貧血ならちゃんと医者に診てもらえな。そんな顔じゃイイ男が台無しだぞ」  だいぶしどろもどろになってしまったけど、伊吹は納得してくれたのかそれ以上俺を詮索することはなかった。  あの日が来るまでは──

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