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16 優しさに触れる

「ひゃっ!?」  突然首元に熱いタオルが押しつけられた。驚いて顔を上げると目の前に伊吹が笑顔を浮かべて俺を見ていた。 「とりあえずさ、おしぼりいっぱいあるから体拭いて……服は汚れちまったから俺のを着ておけ」  そう言って伊吹は奥にあるロッカーの中から自分の服を出し、ソファに置いた。目が覚めて夢中で伊吹に土下座していたけど、よく考えたら俺は全裸だし、身体中何らかの汁で汚れていた。 「ああ……あ……ごめんなさい、ご……ごめんなさい」  恥ずかしさで動揺がおさまらず涙が溢れる。口を開いても謝罪の言葉しか出てこない。今の俺には何の言い訳もできなかった。みっともなくボロボロと泣きながら、俺は伊吹が用意してくれたおしぼりで慌てて体を擦り、適当に拭いた。そして汚れた自分の服を着ようと手を伸ばす。伊吹はたまにここで寝泊りをしていると以前聞いたことがあった。着替えも何着か常備してあるようで、目の前に置かれた伊吹の私服にはまだタグがついていて新品なのがわかる。そんなものを俺が着られるはずがなかった。 「待て待て、もっとちゃんと拭けよ。ごめんな、シャワー使わせてやりたいけどまだここから理玖を出したくないんだよ」  伊吹は俺の手を取り「それに着るのはこっちだ」と、自ら真っ新な自分の服を俺に手渡す。さっきから伊吹は一度も俺のことを責めてこない。怒られ罵られるのを覚悟していたのに、伊吹は俺を見て優しい笑顔さえ浮かべていた。 「バース性、最初に聞いたろ? 全く……まあ隠したかった気持ちもわかるけどさ」  言いながら伊吹は俺の体を丁寧に拭いてくれた。信じられなかった。あんな失態を晒し嘘までついて、仕事にもならなくて迷惑しかかけてないのに── 「今日は客も少ないから早めに店閉めるし、俺が家まで責任もって送るから心配するな。急にだっから驚いたよな……薬効くまで辛かったよな。よく頑張った……寝てていいから、ここでもう少しまってろ」  伊吹はそう言うと俺の頭を優しく撫で、店へと戻っていった。思いがけない優しさに触れ、俺はただただ情けなくて、嬉しくて、暫く涙が止まらなかった。  事務所に一人取り残され、段々と冷静さを取り戻す。伊吹が飲ませてくれた薬もきっと抑制剤なのだろう。何故伊吹が抑制剤を持っていたのか不思議だった。俺の発情を受けても何も影響がなかったということは、伊吹はβではなくノーマルだったということだ。それなら尚更、自分ひとりがあんなに発情し見境なく性を求めていたことが恥ずかしかった。

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