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18 誤魔化せない
「それシミになるから、俺洗います。シミ抜きくらいできるから……」
食べながら伊吹の汚れた腿の辺りを見る。少量だけど間違いなく血液の汚れだし、よく見たらその辺りにギュッと握った跡のようなシワもできていた。
「ああ……うん。じゃあお願いしようかな」
あまり乗り気じゃなさそうな伊吹に、代わりに俺のスウェットを渡す。もっと新しげな服でもありゃいいんだけど、と思い「見た目くたびれて汚ねえかもだけど、ちゃんと洗濯してあるから」と言ったら笑って着替え始めてくれた。
「なあ……何だよそれ? え? 大丈夫じゃないですよね?」
少し顔をしかめながら脱いだ伊吹の足を盗み見て俺はギョッとした。もう出血は止まっているとはいえ抉れたように傷付き血が出ていたその場所は痛々しく、ちゃんと手当てが必要に見えた。
「いや平気、気にすんな。自分でやった傷だし痛くないから」
「へ? 自分でって?」
痛くないわけがない。それほどに痛々しい傷なのに伊吹は困ったような微妙な表情を浮かべ、小さく溜息を吐く。
「理玖のフェロモン強くてさ、ちょっと俺もヤバかったんだよ」
その言葉に、俺は理解ができなかった。伊吹は俺のフェロモンを受けていたのか? 何ともない風な顔をして俺を慰めてくれていたのは何だったんだ? ヤバかったって、どういうことだ?
「無意識に自分で抓ってたんだな……痛みで誤魔化してた」
そう言って笑う伊吹を見て、いやいや笑い事じゃないだろ? と腹立たしくなった。自分で抓ったって、どれだけの力で抓ればこんなに流血して肉が抉れるんだよ。気がつかなかったってあり得ないだろ。
「何で!? だって店長、ノーマルじゃねえの? え? ヤバかったってどういうこと? だってあの時、何ともなさそうで……え? え?」
俺は動揺を隠せなかった。慌てて救急箱を取りに行き「手当てなんていいから」と拒む伊吹を睨み黙らせた。
俺のせいで……この忌々しいΩの性のせいで、酷く迷惑をかけてしまった。こんな怪我までさせてしまった。謝っても謝りきれない。
自分一人が辛いのはなんてことない。でも自分のせいで他人が辛い目に遭うのは物凄く嫌だ。Ωの存在自体が迷惑なのに、他人にまで迷惑をかけてしまっていいわけがない。必要のない人間……Ωだというだけで、社会にいてはいけないんじゃないか、この世に存在してはいけないんじゃないかとさえ思えてしまう。こんな発情期さえこなければ今まで通り自身の性の事など忘れて過ごせたのに……ずっと隠してしまい込んでいた己の性に対する嫌悪の気持ちが見る見るうちに湧き上がってくるのがわかり、俺はどうしようもなく不安に駆られた。
「ごめんなさい……ごめん……俺」
「悪かったな。理玖のせいじゃないから。そんなに謝るな。これは俺の問題だから。それより理玖、今は君の話がしたいんだ」
意味がわからない。俺のフェロモンを受けながら理性を保つために自分で足を抓って誤魔化してたってことなのか? βにしろαにしろ、発情に当てられればもれなく影響を受けるはず。Ωからのフェロモンも個体差はあれど抑制剤を飲んでいなければ強烈だと聞いた。それをこの伊吹は堪えてくれたと言うのか? 俺はあの時早々に諦めて「抱いて」と縋ってしまっていたというのに……言われるまま襲ってしまえば伊吹だって楽だったはずなのに──
「理玖? おい聞いてるか? 俺のことはいいんだ。理玖? 君はβじゃなくてΩだったんだな?」
改めて聞かれ、もう誤魔化しきれないとわかっていた俺は正直に頷いた。
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