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19 Ωに対する思い/伊吹の思い
医師の家系に生まれた俺は、幼い頃から医者になるべく教育をされ、それが当たり前だと思って生きていた。親戚にも医者が多く、αの性を持つ者も多かった。
俺の一族は世間から見たら「エリート家系」そのものだった──
αの父とΩの母。初めて受けたバース検査で俺はαと診断され、とても喜ばれたのを覚えている。
でも俺は、αとはいってもきっと出来損ないのαなのだと思う。兄や父のような器用さやカリスマ性は勿論、どこを見ても他者より優れたところなど俺にはなかった。努力を怠っていたわけじゃない。俺も幼い頃から家族から期待され、それに応えようと必死に勉強もした。そして出来損ないなりにも順調に人生を歩んでいたつもりだった。
他者を蹴落とす程の強欲さや人を見下すような発言。絶対的な自信。少しのミスも許さない。そういった兄の態度が俺は段々理解できなくなっていった。どうしても父や兄から感じてしまう第二の性に対する差別。特にΩに対しての蔑視……何かおかしいと思うようになった要因はきっともう一人の兄の存在だったのだと思う。
俺は三人兄弟の三男として生をうけた。長男と俺はα、そしてαばかりの家系にただ一人Ωの兄。家族は分け隔てなく接しているように見えて、実際はそうではなかった。父も長男である兄も、女性性のΩは優秀な子を産む重要な責務があると言い、母に対する蔑視は無かった。ただ男性性のΩに対しては全く違い「価値の無いもの」と事あるごとにそう発言をしていた。
「あれ? 良樹 兄、何やってんの?」
俺は歳の近かった兄、良樹と仲が良く頻繁に部屋を行き来していた。ある時、たまたま休みが重なり久しぶりに話でもしようと兄の部屋を訪ねた。ドアを開けて目に飛び込んできたのは本や服など物が散乱した兄の部屋。組み立てられた段ボールも幾つか目に入り、俺はなんとなく状況を察してしまった。
「ああ、引っ越しの準備だ。俺、この家出るからさ……」
兄の良樹はΩでありながら、一番上の兄と同じく医者になるために頑張っていたのを俺はずっと見ていた。父はαである一番上の兄と俺にしか関心がなく、良樹に対しては いない者のような態度をとっていた。無関心故に学費以外の援助も一切なく、良樹は家庭教師などのアルバイトをしながら必死に一人戦っていたように見えた。
「なんとか卒業もできたしさ、もうここに世話になることもないから」
寂しそうに笑う良樹はそれでもちょっとすっきりしたような顔に見え、正直俺はほっとした。αの俺もきっと良樹に対して僅かながら罪悪感のようなものがあったのだと思う。Ω性を見下すような人間と一緒にいない方が絶対にいい。良樹にはここを出て自由に生きて欲しかった。
家庭教師を通じて知り合った自分と同じΩの子。その子の悩みや葛藤を聞いてるうちに考えが変わり、こういった悩みのある子を救いたいと思うようになったと教えてくれた。医師免許も取り、心療内科医として違う地でやっていく……そもそも親の病院には勤めることはできないだろうから、と明るく話してくれた良樹の顔は今でも鮮明に覚えている。
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