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20 糞食らえ

 Ωの兄、良樹は窮屈な実家から離れ自由に人生を歩んでいると俺は信じて疑わなかった。  良樹が家を出て一年ほど経ち、突然俺の耳に飛び込んできたのは良樹の訃報だった。俺も兄達に続き研修医として医者への第一歩を踏み出した矢先のことだった。    ──死因、自死。  俺は信じられなくて一瞬にして頭の中が真っ白になった。    良樹の葬儀で死を悼み泣いていたのは母だけだった。  父は自死した良樹の遺影に向かって「恥さらし」と吐き捨てた。良樹のために葬儀をあげるのすら渋った父。怒りを露わにもうこの世にいない良樹を侮辱しΩだからと蔑んだ。αの奴らは勿論、バース性を持たない奴やβの人間もコソコソと陰口を叩く。その瞬間、俺はここにいる全ての人間がなにか他の違う生き物に見え、吐き気がした。  恥さらし? 良樹はここにいる誰よりも真面目で優しくて誇りを持った人だった。怒りと悲しさで訳が分からなくなった。  母は俺が良樹と良く似ていて優しい子だと言ってくれた。  でも俺はこれっぽっちも優しくなんかない。  良樹が家を出る時だってほっとしている自分がいた。兄の安息を願いながら、心のどこかで厄介払いができたとでも思っていたんだ。あんなに大好きだった兄なのに……人を見下してしまうほどの自尊心。プライド、自惚。それがαの中の拭い切れない特性だというならそんなもの俺はいらない。バース性なんて糞食らえだ。  葬儀を終え、部屋に戻って俺は初めて良樹を悼み声を上げて泣いた。  良樹は何を思って最期の時を過ごしたのだろう。あんなに前向きだった兄の隠された負の感情に俺は気付いてやることができなかった。少しでも気付くことができたなら俺は良樹を救ってやることができたのだろうか……  数少ない遺品の中に俺に宛てた一通の手紙があった。便箋一枚に綴られた短い文。そこにはΩとして生きる生き辛さと、これ以上頑張るのは難しいかもしれない、と、いつも明るかった兄からは想像もつかないようなネガティヴなことが書かれていた。  世の中のΩ、特に男のΩに対する理不尽さは理解しているつもりでいた。それでも俺自身に降りかかることじゃないから何もわかっちゃいなかったんだ。自ら死を選ぶほど逃げ出したくなるような現実に……  俺は医者になるのをやめ家を出た。αだらけのこの一族とはどうしても縁を切りたかった。今までのうのうと生きてきて、俺は全てを分かったつもりでいた。極々狭い世界の中で俺はちゃんと見なきゃいけないことに気付けずにいたんだ。今更悔い改めたところで時間は戻らない。それでももうここにはいられない……いたくないと見切りをつけ、身一つで家を出た。

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