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21 繋がる縁

 俺はαとしての素地は全くと言っていいほどなかったものの、人との縁、人を見る目に恵まれていた。  家を出たと言っても実際は母との縁は切っておらず、定期的に連絡をとるようにしていた。家を出る際、母は目に涙を浮かべ「力になってやれずに申し訳ない」と何度も俺に謝った。でもそれは違う。母だって何も悪くはないのだから。最愛の我が子を守れなかったと自棄になっていた母を一人残すのは心が痛んだ。それでも母は俺の気持ちを汲んでくれ、ここにいるべきではないとまで言い送り出してくれたのだ。  生きるために俺は夜の世界に飛び込んだ。  そこで出会った人達に救われ、この界隈で店を持てるようにまでなった。そこで色んな人間、若者と触れ、俺の世界は広がった。それと同時に社会に強く蔓延る差別や焦燥に、もどかしく思うことも多かった。  数店舗店を出し、俺の周りの環境もこれといって何も変化のないまま数年が過ぎた時、理玖と出会った。面接に来た彼は実際の年齢より随分若く見え覚束なげだった。ただ芯の強さや物怖じしない性格にどこか惹かれるところもあり、すぐに採用を決めた。俺は人を雇う際にはバース性を聞くようにしていた。別に何の性でも採用には関係ない。ただΩだけは違う。Ωはあらゆる面から守ってやらなければと思っていたから……これは俺のエゴでしかないし、聞いたところで正直に自分がΩなど言う奴は皆無だとしても、今まで兄以外の男のΩとは出会ったことがなかったとしても、どうしても俺は聞かずにはいられなかった。  理玖がフロアの仕事を始め随分経った頃、外で理玖が男とホテルに入っていったのをたまたま見かけた。その時は恋人だと思い特に何とも思わなかった。今時同性の恋人がいたっておかしくはない。従業員のプライベートの事など口を出す筋合いもないから俺は何も言わなかった。  面接の時から理玖には他とは少し違った何かも感じていた。年相応に見えない幼さとそれに反する大人びた物言い。病的にも見える華奢さ。常に気を張っているような僅かな警戒心。今思えばそれらはΩだったから故なのかもしれないけど、その時はこのほんの僅かな違和感が何なのかわからなかったし、然程気にも留めていなかった。  それからも数回、理玖が男と仲睦まじげに歩いているところを見かけた。あまりよく見ていなかったせいか、毎回連れの男が違って見え、もしかしたら恋人ではないのかも、と俺は薄らと気がついてしまった。それこそ他人の性事情など余計なお世話だ。気になりつつも俺は何も言えないでいた。面接の時にも普通なら聞くべきであろう動機や多少のプライベートな事。俺は理玖には何一つ聞いていなかった。聞かずとも、今までの俺の直感のようなもので理玖の真面目さや器用さを分かったつもりでいたんだ。  こればかりは当時の自分をぶん殴りたいくらい後悔している。自分がαだという傲り……己の直感は間違っていないというこの傲りが、理玖の奥底に隠された苦悩や不安を見過ごすことになっていたのだから──

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