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23 Ωの性質
目を覚ました理玖は、今まで見たこともないくらい憔悴仕切った顔で俺を見た。土下座をし、床に額を擦り付けるようにして「ごめんなさい」と何度も何度も謝る姿を見て胸が苦しくなる。怯えた表情、震える声。己の性を隠して今の今まで生きてきたであろう理玖の思いを考えると涙が出そうになってしまう。
床に転がっている理玖の薬と思われる抑制剤を見て成程、だからΩだとわからなかったのか……と納得をした。こんな強い薬をどうやって手に入れていたのかはさておき、恐らくこれを常用していたのだろう。ここ最近の顔色の悪さや体重の減りにも納得がいった。
「とりあえずさ、おしぼりいっぱいあるから体拭いて……服は汚れちまったから俺のを着ておけ」
俺の抑制剤が効いているとはいえ、まだ理玖のフェロモンが全て消えたわけではない。廊下に出ればシャワー室に行けるけど誰に会うかもわからないのにここから出すわけにはいかなかった。それに先程から泣いて謝る事しかできない理玖を見て、早く落ち着いてもらいたいと思って俺は笑顔で話を続けた。
お前は何も悪くないんだ。謝ることなんてこれっぽっちもない。でもそんな俺の思いはきっと今の理玖には伝わらないとわかっていた──
理玖に限らずΩ、特に男のΩは自尊心が著しく低い傾向にあると思う。表立って蔑まされることは少ないにしろ、心の根底にあるそれはとても脆い。どんなに前向きに考えてもふとした拍子に己の「Ω」という性が足枷になる。兄もそんな自分をちゃんと理解し、早く番を持ちたいと俺に話してくれたことがあった。愛される喜び、自身の存在価値、精神の安定、それら全てを満たしてくれる「番の誓約」で安心を手に入れたい……そう言っていた。寄り添える相手がいたなら、番さえいたなら、死を選ばずにすんだのではないか? 一人孤独に人生を終えた兄を思わない日はなかった。
今の理玖は体は勿論、精神状態もボロボロに見えた。こんな強い薬で性を誤魔化し、虚勢を張り誰にも頼らずに生きてきたのに何がきっかけでこうなってしまったのか……とりあえず話をしたいと思い、車で送るのを口実に俺は強引に理玖の家まで押しかけた。
食事をとらせ、落ち着いたところで話をする。俺も自身のバース性を理玖に話していなかった。理玖はもとより他の従業員にも言っていない。でも理性を保つために爪を立て傷付けた俺の足を見た理玖にばれてしまった。
「ああ、言ってなかったよな。実は俺、αなんだよね。必要性もないしαってことはあえて言ってない。騙すつもりじゃなかったのはわかってくれ」
驚きからなのか、理玖は一人ぶつぶつと何かを言っている。俺の話なんて聞いちゃいない。「手当てをする」と言う理玖に睨まれ、俺はされるがまま手当てを受けた。
「ごめんなさい……ごめん……俺」
「悪かったな。理玖のせいじゃないから。そんなに謝るな。これは俺の問題だから。それより理玖、今は君の話がしたいんだ」
やっと落ち着いたと思ったのに、また理玖は顔色悪く何度も俺に謝り始めた。まるで念仏でも唱えているかのように何度も何度も「ごめんなさい」と言う理玖は震えていた。
「理玖? おい聞いてるか? 俺のことはいいんだ。理玖? 君はβじゃなくてΩだったんだな?」
改めてそう聞くと理玖はハッとしたような表情を見せ、小さくコクリと頷いた。
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