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24 放っておけない
俺を信用してくれたのか、ポツリポツリと自分の生い立ちを話し始める理玖。その話の一つ一つが信じられないことばかりで俺は言葉が出なかった。そしてやはりあの強い抑制剤を常用していたらしく、ここ最近では味覚もおかしくなっていたようだった。
「これはな、知ってると思うけど毎日飲むような薬じゃないんだ。俺がちゃんとした薬をやるから、まずはその弱ってしまった体を治そうな」
俺がそう言うと素直に頷き、持っていた薬は俺に預けるとまで言ってくれた。
Ωの自尊心の低さ。それは世の中がそうさせてしまっているから……
本来学校教育の中でもきちんとしたバース性の教育をするべきなのに、ましてや指導者側がフォローどころかΩだという理由でそれを排除しようとする心根に俺は怒りを覚えた。そして同じΩである実母の失踪。その時の理玖の心境はどんなだったのかと考えただけでも俺は胸が張り裂けそうになった。思わず理玖を抱きしめてしまい戸惑わせてしまったけど、照れ臭そうな顔をしてギュッとしがみついてくる理玖を見て、嬉しく思った。
自分の存在価値さえも見出せない。でも卑屈になるななど簡単には言えない。抑制剤の副作用のせいで余計にこの傾向が強くなる場合もあるのに、Ωにとってこの薬はなくてはならないものだと分かっている。青年期の早い段階で相手を見つけ番になれれば劇的に状況は変わる。薬の服用もしなくて済むし、何より心の安定が得られる番の存在はΩにとってはとても重要な事だった。
どんなに明るく強そうに見えても、Ωの中の奥底にあるものは皆一緒だ。誰よりも強くあろうと頑張り、そして弱い。ほんの一瞬で崩れてしまうことだってあるんだ。番わなくても側にいて味方だとわかるだけでもそのΩの助けになるのだと俺は信じてるし、そうありたいと思っている。全てのΩを救えるとは思っていない。でもこの目の前にいる理玖には手を差し伸べてやることができるのだ。
「あの……俺がΩだってこと……」
「ああ、勿論口外するつもりもないし、今まで通り仕事もしてもらう。理玖がΩだろうと何も変わらないよ」
俺の言葉に安心したように笑顔を見せる理玖がたまらなく愛おしかった。これは恋愛感情ではなく、強いて言えば慈愛に似た感情なのだと思う。多感な時期を一人孤独に過ごし、誰の助けもなかった理玖が心を寄せ安心できる場所になりたい。兄良樹を助けてやることが出来なかった事の罪滅ぼしではないけれど、それでも何もしてやれなかったという無念が心に残っている俺はどうしたって理玖を放っておけなかった。
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