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28 変わってる
「おかしくなんかないよ? 俺も信じてるし」
そう言いながら伊吹は俺の後頭部にキスを落とす。αである伊吹の目の前に己の頸を晒しても恐怖心は一切なかった。それだけ俺はこの男に気を許し、信じている証拠だった。
「俺が理玖の運命なら躊躇うことなく番えたのにな」
「………… 」
別に運命じゃなくてもαとΩなら番の誓約は可能だし、番にならなくともノーマルの相手やβと婚姻を結ぶことが多い。実際にそうしている人が殆どだった。そもそも絶対数の少ないαとΩの性。一生の間に出会えるかもわからない運命の相手を待つより、近くにいる愛し合える相手を見つけて番うのが主流なのだ。
「だからさ、俺……店長とは……」
「ああ、ごめんな。違うんだよ。返事を急いでいるわけじゃないし、求めてないから。理玖の自由でいいって言ったろ? 番が欲しくなったらいつでも俺のところに来いってことだ」
「でもそれじゃあ……」
出会っていないだけで、伊吹にだって運命の相手がいるはずなんだ。伊吹の愛情を一身に受け、伊吹にも同じ愛情を注ぐ事ができる人間がこの世にたった一人必ずいる。だから俺がその人から伊吹を奪っていいわけがない。このまま伊吹と番えば、間違いなく死ぬまでこの幸せな気持ちのまま過ごせるのだろう。でももし伊吹の相手が現れたら? その時俺は取り返しのつかないことをしたと絶対に後悔する──
「怖いんだ……」
「そりゃ慎重になるのは当たり前だ。軽率に番の誓約は交わせない。Ωにとってこの誓約はメリットだけじゃないからね」
伊吹は俺の肩に手を置き「こっち向いて顔を見せて」と優しく言う。抱き合うように体を寄せ合い、伊吹は愛おしそうに俺を見つめた。
「αがΩの頸を噛むことで成立するって事が、α主体でαありきなイメージを持たれやすいのかもしれないけど、本来選ぶ権利はΩにあるんだ。αはΩに「選ばれる」立場なんだよ。それをわかってないαが多すぎる。自分らは特別なんだって慢心している。俺を含めαの根底にある傲りはなかなか捨てられないんだ」
考えたこともなかった伊吹の持論に衝撃を隠せない。選ぶ権利はΩにある? 言われれば確かにそうだとも思う。Ωにとってリスクのある誓約でもあるのだから……でもまさかαである伊吹の口からそんなことを聞かされるとは思わなかった。
「ほんと変わってるよね。店長って……」
きょとんとしている伊吹の胸に顔を埋める。嬉しさと恥ずかしさで思わず顔を隠してしまった。この人と一緒になれたら俺は幸せなのだろう。そうできたらどんなに楽だろう……
「人として当たり前のことだよ。尊重し合える関係が大事なんだ。αだからって偉いわけじゃない」
伊吹はそう言うと額にキスをしてくれた。眠る時にはいつも優しく抱きしめてくれ、まるで恋人にするように「おやすみ」と言いながら頬や額にキスを落とす。いやらしさの全く感じられないそのキスで俺は大切にされ、愛されているのだと安心する。
「やっぱり変わってる……」
言いながら今日も伊吹のぬくもりを感じ眠りについた。
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