伊吹からの番いの申し出はそのままに、いつも通りに毎日が過ぎていく。 　運命の相手の存在を信じている俺は伊吹のことを思うと「はい」と答える事はできなかった── 「運命のΩとは出会えてないのかもしれないし、出会っていても気がつかなかったのかもしれない。今後出会える気もしないし、別に出会いたいとも思ってないんだよね」 　運命の番の話を信じていると言いながらも、そんな風に言う伊吹はやっぱりちょっと変わっていると思う。もしかしたら俺を思ってのことなのかもしれない。でもそこまでしてもらう理由もない。今の状況だって俺にとってみたら有難いことこの上ないのだから。 　後に伊吹にはちゃんと「番にはなれない」と伝えた。伊吹は「そっか」とひと言だけ俺に言うと、またいつもと同じに俺に接した。何も変わらず、只々俺に対して大きな愛情を持って接し日常のことを世話してくれる。 「理玖の運命が現れるといいな」と笑う伊吹に少し複雑な気持ちになった。 　そうしてまた変わらない毎日が穏やかに過ぎていった── 　店の開店時間と同時に数人の客が入ってきた。こんな早い時間から客が来るのも珍しい。俺はいつものように愛想よく客らに声をかける。ドアから賑やかに顔を出したのは常連の気の良いおじさんとその知人女性、そして後から店に入ってきた人物は忘れもしない嫌な奴だった。 「なんだよ！　こんなところにいたのか！」 　奴は俺の顔を見るなり駆け寄ってきて、カウンターに乗り出すようにしてそう言った。あの時から一年近く経ったというのに、俺はまだ昨日のことのように覚えていた。 「……翔」 「え？　なんで俺の名前知ってんだ？」 「は？」 　間違いなく目の前にいるのはあの時一夜を共にし、俺に対して暴言を吐いた翔だった。でも、こともあろうに翔は俺のことなど覚えちゃいなかった。それなのに何故、俺を見て「こんなところにいたのか」と言ったのか？　俺のことを探していたんじゃないのか？　人違い？　何にせよ俺からしてみたらわけがわからず、ひたすら不愉快だった。翔も俺も、あの時の出会いは大勢の中の一人に過ぎない。でも俺だけ強烈に翔のことを覚えているというのがどうしても腹立たしかった。 　苛々を隠すこともせず俺は翔を避け、常連の客に声をかける。こんな奴知らない……こんな奴に精神を掻き乱されるだけ時間の無駄だ。かかわりたくない、そう思いながら接客をするも、翔のことが気になってしまい息苦しくなってしまった。 「理玖、休憩入っていいよ」 「あ、はい」 　突然背後から伊吹にそう声をかけられ、体を押しやられてしまった。開店したばかりなのにすぐに休憩なんてどういうわけだろうと不思議に思いながら、それでも気分が悪かったからちょうど良かったとばかりにいそいそと俺は店の裏にまわった。翔が何か言っていた気もするけど、俺はわざと聞こえないフリをした。