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33 恋人の有無
「大丈夫か? もう落ち着いたみたいだけど」
気付いたらすぐそこに伊吹がいて、俺の体を拭いてくれていた。
「……え、いつからここに?」
「うん、少し前、かな? やっぱり発情 来ちゃったんだね」
「………… 」
自慰をしているところを見られただろうか? 伊吹には俺の恥ずかしところや弱いところを殆ど見られ、知られてしまっているから今更なところがある。それでもやっぱり恥ずかしかった。伊吹は俺を見てどう感じているのだろう。番になってもいいと言いながら、俺に対して欲情するわけでもなくこうやって兄や親のように接してくれる。そんな伊吹に俺はいつまで甘えていてもいいのかわからなかった。
「大丈夫? まだ俺、完全におさまってない……」
「平気だよ。ちょっと理玖の可愛さにムラッとするけど、理性で耐えられる範囲内だから」
冗談ぽく言いながら伊吹は俺の涙の顔も優しく拭いてくれた。俺が落ち着くまで部屋の外で待っていてくれたらしい。
「ありがと……」
「今日は泊まってくね。一緒に寝ても大丈夫かな」
「うん」
それだって本来なら俺の方がお願いすることだ。
心細い、寂しい……という気持ちの時、誰かに寄り添ってもらいたいと思ってしまう。俺がそういった感情を晒すことが苦手だと察して伊吹は先回りして行動をしてくれる。素直になれるように仕向けてくれる。
「いつもごめんね……」
俺はこのまま伊吹に依存するように生きていくのだろうか……
それじゃあダメだとわかっていながら、側にいてくれる伊吹に安心して今日も一緒に眠りについた──
あれから数日後、再度店に来た翔に俺は飲み代を払い突然帰ったことを詫びた。
「いいよ、金もいらない。俺の奢りだって言ったでしょ。それに失礼な態度を取ったのは俺の方だったんだし、ごめんね。驚かせてしまったみたいで」
翔は意外にも紳士的な態度で、あの時のグイグイくるような感じではなく拍子抜けした。客の一人としてカウンターに座り、俺ではなく主に実治が接客をして静かに呑んで帰っていった。
「ねえねえ、翔さんに理玖さんは今恋人はいるのかって聞かれたから「いませんよ」って答えたけどよかったっすよね? 理玖さんずっとフリーですよね?」
「………… 」
客が掃けてきた頃、実治 に突然そんなことを言われ絶句した。
「何でそんなこと言いふらすんだよ! 信じらんねえな。人のプライバシーのことは客に話すなって言われてなかったか? どんな神経してんだよ」
「だって翔さん良い人そうだし……いや実際良い人だしさ、聞かれたことに答えただけで俺言いふらしてなんかねえし。そんな怒るようなことじゃなくね? まじ理玖さん急に怒るからびっくりしたー」
「いや、びっくりはこっちだよ! ふざけんなよ」
前々から軽い男だとは思っていたけど、ここまで無神経な奴だとは思わなかった。それに思いっきり悪気はないうえ、実治のキャラクター上何となく憎めないっていうのがたちが悪い。ヘラヘラとしながら「翔さん何で理玖さんの恋人なんか気になるんすかね?」なんてすっとぼけたことを言っている。
翔が良い人なのかはとりあえずどうでもいい。なんでそんなことを聞いたのだろう。いや、そんなのわかりきっている。俺のイヤな予感は的中し、それからというもの何故か翔は俺のシフトに合わせるように店にやってきては毎回のように堂々と俺を口説くようになってしまった。
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