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34 実治
今日も相も変わらず翔は俺の目の前に座り話しかけてくる。
「今日はどう? 雰囲気のいい店見つけたんだよね」
「……結構です。しつけえんだよ」
仕事の後に食事に行こうと何度も俺を誘う翔にうんざりする。伊吹以外の他人と食事をするのも正直あまり好きではなかった。所謂トラウマのようなもの。味さえもわからず、美味しいと感じられない食事を初対面の男と楽しそうなフリをして口に放る。食べながら淫らな視線にわざとらしくこたえ、気のある素振りを見せ強引に己の気分を上げていた。そしてベッドを共にした後は虚しさだけがじんわりと積もっていく……そんな埃臭い一連のイメージが俺の中にいつまでもこびりつくようにして残っていた。
初めこそ何か理由をつけやんわりと断っていたけど、あまりにもしつこいから最近では不快感を隠すことなく翔にはっきりと言うようになっていた。
「ちょっと、理玖? お客様に対してその口の聞き方はないんじゃないの? それにしても君、何したら理玖にそんなに嫌われちゃうのよ」
常連の客があまりの俺の態度に口を挟む。「理玖は誰にでも優しくて良い子なのに」と言いながら店長である伊吹にも同意を求めた。
「翔君、ごめんね。理玖は気難しいところもあって。店でもたまに不機嫌な態度をされるから注意してるんだ。怒っておくから俺に免じて許してあげてね」
横で苦笑いをして聞いていた伊吹はいつものようにフォローを入れてくれる。客が気分を害さないよう上手く取り繕う。俺はそれを聞きながら「フンっ」と外方を向き、翔から離れ他の客のドリンクを作りにいった。
「ちょっとちょっと、理玖。ねえ、最近実治君、あの客のところばっかりじゃない?」
角の席で一人で来ていた常連の客に呼び止められる。見るといつの間にか遅番で入っていた実治が翔の前で楽しそうに接客をしていた。この店はホストクラブやキャバクラとは違い親密な接待行為は必要ない。寧ろ会話だって嫌なら無理にしなくてもいいと店長の伊吹に言われている。それでも親しい客とは会話も弾むし、指名などの有無で歩合給もつくため皆客には積極的に話しかけ楽しんでいるところがあった。不満気に俺にそう言う客は、日も浅く辿々しい新人丸出しな接客をする実治のことがお気に入りだった。
「聞いてよ、酷いのよ。さっきまであたしと話してたのにさ、あの客来た途端「ちょっと待ってて」なんて言ったっきり戻ってきやしないんだもん。理玖ぅ、慰めてよ」
「そうなの? 酷いね……でも俺だってエミちゃんと話すの久しぶりなんだけどな。いっつも実治ばっかで。俺のことも構ってよ」
親しいからと言ってあんまり親密になりすぎると、こういうことが起こって面倒臭い。正直言って実治がこの客を口説いているようにも取れる言動をしていたのを見ていたから、圧倒的に実治が悪いと思いつつフォローをいれた。
「えー、もう理玖ったらそんなこと言って、あなたはいつも素っ気ないんだもん」
「素っ気ないんじゃんなくて、恥ずかしいんです。察してよ……意地悪だなぁ」
「ふふ……ごめんね」
確かにここ最近、実治は翔がいると積極的に寄っていき、何かをコソコソと話していることが多い。そして俺が近付くと会話をやめて白々しく離れていく。自分も少し気になっていたのもあり、仕事上がりに話そうと思い俺は休憩室で実治を待った。
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