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35 嘲笑う
「あ、理玖さんどうしたんすか? もうとっくに帰ったかと思った。休憩? いや今日はラストまでじゃないですよね? 何やってんすか? 帰らないの? あ! わかったー、俺のこと待っててくれたんでしょ? ヤダなぁごめんね、待たせちゃって……なんてねっ!」
退勤時間きっかりに休憩室に入ってきた実治が、俺がいた事に意外そうな顔をし捲し立てるように話し出す。お喋りなところと人懐こさはきっとこの店で実治が一番だろう。
「うん、ちょっと実治と話がしたかったからさ……」
「え? 何々? マジだった! 嬉しいんだけど! 俺のこと待っててくれたんすか?」
何故か嬉しそうにしている実治に「いやいや」と言葉を遮り、今日の接客のことを注意した。
「なんだよー、わざわざ待ってまで言うこと? わかってますって、エミちゃんにはちゃんとフォロー入れときますから。あの人俺のこと大好きだから大丈夫っすよ」
「……まあ確かにすぐ機嫌はなおったからいいんだけどな、気を付けろよ」
「はーい、気をつけまぁーす」
全く反省なんかしてない顔で帰り支度を始める実治に、俺は更に話を続けた。
「それとさ、あ……のさ、最近やけに翔に話しかけてるけど、何なの? いつもコソコソ何話してんの?」
「………… 」
実治は聞こえてるんだか聞こえてないんだか、俺の問いに返事もせずロッカーから取り出したスマホの画面に視線を落とす。
「なあ、聞いてる? 実治?」
「あぁ、はいはい……聞こえてますよ」
相変わらず目線も上げずスマホを眺めたまま適当な返事をされ、少しカチンときた俺は言葉を強めた。
「だからさ、いつも翔と何話してんだって……」
「は? 何すかそれ。それこそわざわざ言うことっすか? 別に俺が誰を贔屓にして接客したっていいじゃないすか。一々理玖さんに許可がいるんすか?」
「あ、いや…… 」
確かに実治の言う通りだった。余計なお世話だ。別に固定客なわけでもないし俺がとやかく言うことじゃない。モヤモヤとしたものが胸の奥に引っ付いていたせいで、そこまで考えなしに聞いてしまった。実治に冷静に返されたのが無性に恥ずかしく、俺は何も言い返せなかった。
「そうだよな。ごめん…… 」
キャップを目深に被り、俺を振り返る実治がクスッと笑った。
「それってさ、ヤキモチ? 何? 余裕ない? ウケる」
実治の言葉に唖然とする。
「俺、これからデートなんでお先に」
そう言って俺の肩にポンと手を置き休憩室から出て行くその態度は、間違いなく俺のことを嘲笑っていた。
は? 余裕ない? どういう意味だ?
一人残された俺は実治の言葉の意味を考えたけど、やっぱりよくわからずムカついただけだった──
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