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36 αの性/翔の場合

 「あん……あっ、翔……んんっ……あん……」  薄暗い小さな部屋。ベッドの軋む乾いた音と耳障りな女の嬌声。自分を好いてくれた女に誘われるがまま恋人になり、何度かのデートを重ねベッドを共にする。「抱いて」と言われれば断る理由もないからそれにこたえ、渾身的に愛撫をされればそれなりに気持ちも昂り、柔らかな女の肌に体を沈めた。 「んっ……いいよぉ、噛んで……頸……あ……ん、翔……噛んで……」  汗で張り付く長い髪を自らの指先で艶かしく払い、俺の前に頸を差し出す。女の腰を掴み、単調に己を打ち付けながら俺は心の中で「またか」と呟き、隠すことなく溜め息を吐いた。 「早く……翔……あん……そこぉ、いい……ああっ……噛んで……お願い……あっ……あん……早く噛んで……」  言われたことはなかったけど、薄々この女もΩなのだと気付いていた。それでも日々俺を愛し慕ってくれていた姿は純粋に俺を求めてくれているからだと思っていた。でもこうやって番になれと俺に迫る。婚姻の約束もしていない。付き合い始めてまだ数日……いとも簡単に自身の急所ともいえる場所を差し出すのは、やはり「俺」ではなく「α」の遺伝子が欲しいだけだという証拠に思えた。  昂っていた気持ちが一気に冷める。Ωのフェロモンに誘発され衝動的に歯を立ててしまうαもいるらしいが、幸いなことに俺はそこまでなることもなく、只々目の前の女に欲を発散させるまで眈々と腰を打ち付けるだけだった。そして事が終われば、俺が頸を噛まなかったことに憤慨した女に散々罵られ、その場で別れを告げられた。  この女はまだマシだ。中には発情期を利用し強引に俺と番の誓約を交わそうとした奴もいた。白々しく近付いてきて「愛している」と嘘をつく。求めているのは俺ではなく「α」という優れた性。αの恋人……そしてαの配偶者。そのステータスが欲しくて皆俺に近付いてくる。信じたくないのにこうも毎回同じことが繰り返されればそれは嫌でも察してしまう。世間一般では希少だと言われているΩとαの性。なのに、αの性が呼び寄せるのか俺の周りにはΩやαの人間が何人もいた。  国民全員が受ける義務のあるバース検査。俺の検査結果は「α」だった。両親はβとノーマル。それなのに俺がαだったのはきっと曽祖父がαだったから。おそらく隔世遺伝でαの性を受け継いだ俺は、検査以降親戚など周りの人間からちやほやされるのが堪らなく嫌だった。俺自身ではなく「α」という性を見て人間性を評価されるのが嫌だったんだ。最初に感じたこの嫌悪感はやっぱりずっと俺に付き纏い、どうしたって疑心暗鬼になってしまう。そんな俺はまともな交友関係など築けるはずもなかった。

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