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38 運命の番

 「運命いの番」のことは知っていた。αとΩにしかわからない運命の相手。まるで「赤い糸」で結ばれているかのようなロマンティックな話。でも実際はそんな非現実的な話より現実的に身近なαと「番の誓約」を交わそうとするΩの方が俺の周りには圧倒的に多かった。 「でもさ、そういうのって羨ましいな。だってそいつらにしかわからないんだろ? ビビビッてくるわけ? 出会った瞬間恋に落ちるなんてそう経験しないだろ」  実治は隣に座るαの女に興味津々で話しかける。「でも俺は今まさに恋に落ちてしまいそうなんだけどね」なんて調子のいいことを言って口説こうと顔を寄せた。 「えー、でも相手が「運命」なんてフワッとした言葉で決められてるなんて私は嫌だけどな。薄ら寒いっていうか、好きになる人くらい自分で決めたいじゃん」 「ちょっとなんてこと言うんだよ。嫌だ! 辛辣! ロマンない!」  「運命の番」について談笑している二人を見ながら俺も「運命」について考える。  この都市伝説のような話を初めて聞いた時、幼かった俺はそんな運命の相手がいるのだと知り嬉しく思ったのを覚えている。成長し年頃になり、初めての恋愛。校内でも可愛いと評判だった女と恋仲になった。実際のところただ告白をされ、嫌いでもなかったから了承しただけ。俺はその子に何の感情も湧いてなどいなかった。交際しては別れ、何人かと付き合った後、俺は「運命」と出会えていないから誰にも心を揺さぶられないんだと思うようになった。高校時代はひたすら自分の「運命の番」に思いを馳せ、街に出ては相手を探していたように思う。それこそフワッとした「運命」の相手と出会えたらいいな……と漠然と思っていただけだった。  大学に入り、俺を取り巻く人間関係も随分と変わった。人が集まればそれだけ様々な考えを持った人間がいるということに気付かされる。自分と同じαの人間にも出会う事ができたけど、それは俺が思ったような人間性のαではなく信じられないことばかりだった。  軽い気持ちでΩと番の誓約を交わすα。プライドが高く傲慢なαは、自分に従順なΩを側に置くことで優越感を得ることができると自慢げに話す。バース性について多少なりとも知識はあるはずなのに、自己満足のために番を持ち、そして飽きたら簡単にそれを解消してしまう。その後のΩの状態など想像することもなく、身勝手この上ない行動をさも自分はΩを救ってやってるのだと話すαの男が何人もいた。  相手のことをよく知りもしないのにΩも軽率にαに頸を差し出す。そして将来を約束し合ったはずの相手に気まぐれに裏切られ、一人になったその後はそれまで以上の苦痛を強いられる。おまけに一度でも番を解消されてしまえば新たに別の人間と番うことも許されない。そんなリスクのある誓約なのに、それ以上にΩという性が原因で虐げられているこの現状から逃げたいと思ってしまうΩの気持ちは、きっとαの俺にはわからないのかもしれない……  いくら恋愛をしたところで、自分に恋愛感情が湧かないのはきっと「運命」の相手に出会えていないから。たとえ運命じゃなくても、もしかしたら付き合っていく中で人を愛するという感情が芽生えるかもしれない……そんな風に思いながら、俺は自分を好いてくれる人間と付き合うことにしていた。そして俺が愛することができた相手がΩなら、辛い思いをする人間を一人救えたことになるのだろう。その行動が「恋人を取っ替え引っ替えしている」という風に見られている原因でもあった。

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