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39 思うところ

 そんなことを実治に話した。別にいつものお喋りの延長だった。実治は女を口説く時などよく「運命」の話を持ち出していたから、何となしに二人になった時に自分の思いを零しただけ。  深い意味はない……実治はいつもの軽い感じではなく珍しく真面目な顔をしながら、俺の話を黙って聞いていた。 「みんなが翔みたいなαだったらいいのにな……」  最後まで俺の話を静かに聞いていた実治は、寂しげにそう言った。そして「本当は俺、αの人間は嫌いなんだよ」と俺に打ち明けた。αが嫌いなのに俺の側にいるのは、やっぱり俺がαらしくないからだと笑顔で言った。 「変なやつ……」 「翔に言われたくないからね」  実治にいつもの笑顔が戻ったものの、先程言われた言葉が引っ掛かった。正直言って俺も「α」が嫌いだ。正確にはバース性で人を判断する人間性が嫌い。その最たるものがα特有の至上主義だ。俺も実治と同じだと言いたいのに、それでも何故か聞き難く黙っていたら、俺の気持ちを察したのか実治の方から話し始めた。 「何で嫌いかって言うとね、俺の親友で男のΩがいたんだよ……凄くいい奴だったし、Ωとかバース性なんて関係なしに一緒にいたんだ」  実治の話を聞き俺はハッとした。自分の周りにいたΩは皆女だった。よく考えればαの性も男女両方存在するのだから、Ωも同様に男のΩも存在するのは当たり前だと今更ながら気がついた。 「そもそも偉そうにしてるαしか会ったことがなかったから嫌いだったんだけどさ、その俺の大事な友達に手を出しやがって……」  今まで一緒にいた中でこんなに苦い顔をした実治を俺は見たことがなかった。 「手を出した、というかさ……そいつは相手が「運命の番」なんだって言って喜んでたんだ。ちゃんとお互い愛し合ってて。男同士なのにそれはもう仲が良くってさ」  酷い発情期の状態も見ていたから、幸せそうに「運命の番」と誓約を交わし両親にも報告をして、いずれは結婚するのだと言う友を見て自分も安心したんだと小さく笑って実治は話す。  そんな幸せ絶頂な時に、友を庇ってそのαの男は事故死した。 「運命の番なんて本当にあるのかと俺は正直馬鹿にしてた。出会えばお互いその存在にすぐに気がつく、かけがえのない運命に愛おしさが溢れ出し多幸感に包まれるんだってそんな話を聞いたところでさ、愛し合っている者同士そう言って単に盛り上がっているだけだろって思うじゃん? 俺は信じていなかったんだ。あいつのこと祝福しながら……でも羨ましかったんだよなぁ、俺」  番の繋がりの強さをその後の友を目の当たりにして思い知らされたという。愛する番をなくしたΩは打ち拉がれ、普通に生活もできなくなってしまった。新たな恋もできず、ひたすらこの世にはいない相手を思い泣き続ける毎日。強制的に番を解消された形になり、また忌々しい発情期も訪れる。後を追って命を断とうとするのを家族は必死に止めていたのだそう。  運命の番じゃなくても愛する人を亡くせばそうなる者も少なくないと思う。それでもそのΩの痛々しさを聞き、それは俺の心境に大きな影響を与えるのには十分だった。 「αはΩに対して重い重い責任があるんだ。軽い気持ちで番なんか持っちゃダメなんだ。恋愛は自由だけど……あいつがあんな風になってしまうのなら運命になんか出会わなきゃよかったんだ。愛する相手はなにもαじゃなくたっていいんだ。そう……俺でもよかったんだ」  αが嫌いというよりαという性そのものが嫌いなんだ、複雑なんだと打ち明けられた。俺みたいに「運命の番」を探し、出会うことでそのΩを幸せにすることができるんだという考えをもつことは良いことだと思う反面、運命なんかに出会わなければ幸せでいられることもあるのではないかという矛盾。でも自分がαならきっと俺と同じ行動をとるのだろうと実治は目に涙をためながら呟いた。 「自己満足のために軽々しく番になろうとするαはもってのほかなんだけど……何だろうな、バース性なんてなくなりゃいいのに、って思う」 「そうだな……」  実治は言動が軽くて軟派な人間なのかと思っていた。バース性の話はタブー視されている中、実治はそれを話題に出すことが多かった。きっと自分ではどうすることもできないと分かっていても、そうせずにはいられなかったのだと感じ切なく思った。 「バース性のせいで辛い思いをする人間がいなくなればいいのにな」 「うん……やっぱり翔っていい奴だよね」 「今頃? 俺はいい奴だよ。実治も大切な友達なんだから、無理すんなよ? たまにはこうやって吐き出せよ?」  俺はそう言いながら、結局涙を零してしまった実治を見ないようにして肩を抱く。そして本心や愚痴りたい気持ちをおさえ空元気にしている実治のことを思った。

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