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42 溢れ出す

 店を出たもののこのまま真っ直ぐ帰るわけにもいかず、あてはなかったけど彼を待つことにした。店の側にいれば出てきた時にわかるだろう。朝まで待っても会えなかったら実治に聞いたっていいんだ。そう思い俺は彼を待った。  店の入り口が見える適当な場所にひとり佇む。何時間ここで待ったかわからなかった。それでも待っている時間は少しも苦ではなく、もう一度会えるのだとそればかり考え、やっぱり俺は浮かれていた。  待っている間も知らない人間に何度か声をかけられる。確かにこんなところでボサッと突っ立っているのだから、そういった目的なのかと勘違いされても仕方がない。どんなに綺麗な女だろうと今の俺にはなんの魅力も感じないただの邪魔者でしかなかった。「邪魔だ、失せろ」とつい言い放ってしまったら怒った女に喚かれてしまい、しょうがないので少し場所を移動した。そんなことをしているうちに見失ったらどうするんだとイラつきながら、少し離れた場所から彼のいる店の入り口を見つめ出てくるのをじっと待った。  彼を待つ間いくらでも話す内容を考える時間はあったはずなのに、実際出てきて声を掛けてしまったら今度は何を言って引き止めたらいいのかわからなかった。咄嗟に「お疲れ様」と肩を叩いてしまったけど、振り返った彼の表情はやっぱり怒っているようで悲しくなる。店で最初に名前を呼ばれたことを思い出し、前に会ったことがあったかと聞いてみても「訳がわからない」と一蹴されてしまった。 「どの面下げて俺の前に現れたんだ」  そう言った彼の顔は寂しそうにも見える。やっぱり俺は大事なことを忘れてしまっているのだ。それでも怒ってはいてもこうやって俺と話をしてくれていることが堪らなく嬉しい。嫌なら無視をしてこの場を去っても良いのだから…… 「ほんと、失礼な奴だよね。何してんの? 俺のこと待ってたの? 馬鹿じゃない?」 「そう、待ってた! 話がしたくてさ、ねえこれから一緒に飯でもいかない?」  俺は嬉しくてしょうがなかった。彼ともっと一緒にいたい。彼に触れたい、抱きしめたい。だけど否定されればされるほど、悲しくてしょうがない。今ここで別れてしまったら二度と会ってはくれないような気がして焦ってしまった。  警察に行くと言って怒る彼をなんとか宥め、俺は食事に行くことを許してもらえた。近くの居酒屋に二人で入る。カウンターの席に案内されたので、俺は彼を奥に座らせ退路を塞ぐようにして身を寄せ隣に座った。  肩が触れる。息が触れそうなくらいの近い距離。心臓が今までにないくらいドキドキと煩い。近くで見て、彼の纏う雰囲気に少し記憶が揺さぶられた。 「ごめんね、名前……聞いてもいい?」  彼は俺との距離の近さに怒りながらも、恥じらうように顔を逸らし「理玖」と呟く。瞬間、俺の中の記憶がブワッと蘇った。    そうだ……俺は一度会ったことがあったのだ。 「そっか……思い出した、情緒不安定な偽Ω……」  以前誰かに教えられ登録していたゲイ向けの出会い系サイト。そこに自分のプロフィールを載せておき、アクセスしてきた人物とメッセージのやり取りをしたり、気が合いそうなら直接会ってみたりする。それでも俺は登録はしたものの、メッセージのやり取りをするくらいで誰とも会うことはしなかった。  ただ一人だけ、メッセージの後話をしてみて猛烈に「会いたい」と思った奴がいた。顔も知らない、声を聞いただけなのに不思議と胸が高鳴るような感覚に、もしやと思いはやる気持ちを抑えながら俺は待ち合わせ場所に向かったのを思い出す。そして実際会ってみればそいつはΩでもなんでもないただの男だとわかり、がっかりしたのを覚えていた。二人になりたいと言われホテルにも行った。その男がβかノーマルだと思っていた俺は、誘うように俺を見て縋るように涙を零す彼を見ても何も感じずに、寧ろ俺に言い寄ってくるΩの女達と重ねて見てしまい突き放してしまったんだ。  今なら理玖がこんなにも愛おしく俺のΩだとわかるのに、何故あの時の俺はそれに気が付かなかったのだろう。理玖はきっと感じていたんだ。運命だとまではわからなくとも、少なくとも俺に対して何か感情が揺さぶられたから、あんなにも悲しそうに涙をこぼしていたのだ……  あの時の理玖の心情を思ったら、俺は罪悪感に押しつぶされそうになった──  

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