43 / 55

43 アプローチ

 終始怒ってる理玖を見つめる──  俺たちは既に出会っていた。  気がついてやれなくてごめん……でも膨れっ面をしている理玖の方こそ、今俺を目の前にしてもわかっていないのだと思うとちょっと滑稽だった。プリプリしながら俺の注文した料理を頬張る理玖が可愛らしく見え思わず頬が緩む。すかさず俺を睨む理玖に、俺は色んなことを聞きまくった。  年齢は? どこに住んでいるの? 出身は何処? 今までどんな恋愛をしてきたの? どんな食べ物が好き? スポーツはしていた? 話しても話し足りない。どうせ聞いても何も答えてくれないだろうと矢継ぎ早に聞いていたら、ぼそっと年齢だけ教えてくれた。理玖は意外にも俺より一つ歳上だった。 「質問しつこい。お前には関係ないだろ」 「いやあるよ……それに「お前」じゃない。俺は翔だ」  言いながらまた思い出した。あの時俺も理玖に「お前」と言い、そして名前くらいちゃんと呼んでほしいと悲しい顔をされたっけ。 「好きな奴から名前を呼ばれないのは凄い寂しいよな。なあ? 理玖……」  頬を紅く染め、ごめんと謝りながら改めて「翔……」と俺の名前を呼んでくれた理玖に思わず近寄る。気がついたらその手をぎゅっと握っていた。抑えられない、離したくない、そんな感情が昂ってしまい衝動的にその手の甲に口付けてしまった。驚いた理玖は真っ赤になって俺の手を振り払い、そのまま店から出て行ってしまった。  店に残され呆然とする。感情に任せて先走ってしまったと後悔した。一旦落ち着け、とすぐに実治に電話をするも、バイトなのか出かけているのか反応がない。とりあえずメッセージだけ残し俺もひとり家に帰った。  次の日も店に行ってみたけど理玖の姿はなく、店長の伊吹に理玖は休みだと聞かされがっかりする。しかも体調を崩したらしくしばらく休ませるとも言われてしまった。昨夜の俺とのことは知る由もないはずなのに、何故だか責められているようで居心地が悪かった。   「なあ、昨日のあのメッセージ、どういうこと?」  バイトに入っていた実治が声を潜め俺に近付き聞いてきた。 「言葉のまんまだよ。この店に気になる奴がいただけだ」  俺はあえて「運命」と出会えたことは言わなかった。今のところそう思っているのは俺だけで、理玖の方は全く自覚がないようだったから。確証がないのに言えるはずがない……それにどちらかと言えば嫌われてしまっている今の現状を実治に言うのは、プライドが邪魔をしてどうしてもできなかった。 「え? それってさ……もしかして」 「違うよ、気になるだけ。でもこんな気持ちになったのは初めてなんだ。だから恋人とかいなきゃいいんだけど……」  できたらこのままアプローチをし、もう少し親しくなりたいと打ち明けた。実治が言うには理玖はこの店の中で一番の古株らしい。店長の伊吹に目を掛けられていて距離感が近いから、薄らと関係性を怪しんでいる従業員もいる。見目も良く、客からの信頼も厚い。仕事もできて新人の教育も任されるほどなのに、どことなく守ってやりたくなるような雰囲気もある。理玖は色んな意味で一目置かれている存在らしかった。 「でもさ、俺は違うと思うんだよね。伊吹さんは理玖さんのこと、ちょとは特別に見てるみたいだけど、恋仲ではないと思うよ? あの人元々面倒見がいいのもあるし、なんだかんだ言って理玖さんとの付き合いも長いからそう見えるだけだと思うんだよね」  実治は伊吹と理玖の仲は特別なものじゃないから、俺がどう行動しようと問題ないと言ってくれた。それに理玖と知り合ってから色んな話をしたけど恋人がいたという話は一度もなかったからフリーなのでは? と教えてくれた。 「理玖さんのシフト、教えてやろうか? 勿論店に来るなら俺もシフト入ってる時ね」  調子良く実治に言われ、断る理由もないので了承した。ようは店に来るなら実治を指名して給料アップに貢献しろということだ。  それからというもの、俺は理玖が店にいる日はなるべく足を運んだ。話をしてなんとか店の外でも会えるよう誘ってみるもののなかなか首を縦に振ってもらえず、実治にも「いい加減無理じゃね?」と笑われる始末だった。実治や周りの客の反応から、やはり理玖がここまで塩対応なのは俺に対してだけのようで、伊吹からも「申し訳ないね」と謝られてしまい心が折れる。  こうまでして俺を否定する理由がわからない。俺からしたら理玖は「運命の番」のはずなのに、理玖は俺に対して何とも思っていないのが不思議でしょうがなかった。

ともだちにシェアしよう!