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44 しょうがない/理玖の心

 実治に「ヤキモチ」だと指摘された日、店から出た俺が目にしたのは仲睦まじく並んで歩く翔と実治の姿だった。   「これからデートなんで」  そう言っていた。相手は翔だったのだとわかり俺は胸が騒ついた。ここ最近、実治は進んで翔の接客をしていた。女の客を口説いていたようにも見えたけど、よく考えればあんなのはリップサービスに過ぎない。俺だってよく調子のいいことを言って客を喜ばせたりしていたじゃないか……そう、それが仕事なのだから。  このご時世、恋愛対象が男でも女でもおかしくはない。それにバース性、第二の性の存在だってある。多種多様なこの時代に、女を口説いていたからと言って恋愛対象もそうとは限らないのだ。    そう気がついたら俺は何故かストンと力が抜けてしまったように気持ちが萎えてしまった。ぼんやりと家路に着き、コンビニにも寄らずまっすぐ帰り、シャワーも浴びずにそのままベッドに横になった。 「デート……」  熱心に俺のことをデートに誘っていたのは翔の方だったのに。そうか……いい加減痺れを切らした翔は愛嬌のある実治のことを気に入ってそっちを誘うようになったのか。 「そっか……ならしょうがない」  そもそも俺は他人と食事なんかしたくない。それに相手は翔だ。  あの憎たらしいと思っていた、二度と会いたくないと思っていた翔なのだから──  夜中、人の気配で目が覚める。暗がりの中、ベッドから起き上がるとそこにいたのは伊吹だった。伊吹が家に来るのも久しぶりだった。仕事の休みの日に買い物に付き合ってもらった以来だ。こんな時間に来たということはこのまま泊まっていくのだろう。 「今何時? 店は終わったの?」 「今日は早めに閉めたから……」  基本朝方まで店は開けているけど、営業時間は殆どが店長である伊吹の気紛れで決めているようなものだった。 「どうした? そのままの格好で寝てるなんて理玖らしくない」 「………… 」  伊吹は俺のスウェットを手にしていた。この人は本当に何から何までお見通しなんだとため息が出る。俺はスウェットを受け取ると黙って着替え、またベッドに潜り込んだ。  伊吹と顔を合わせ辛かった。何となく伊吹が俺に何を言うのかがわかってしまったから、これから言われるであろう言葉を聞きたくなかった。 「理玖? 寝るのか?」 「……うん」 「帰ってから飯は食ったか?」 「ううん……いらない」  伊吹は俺が寝ているベッドの端に腰掛ける。布団越しに頭を優しく撫でられた俺は観念してゆっくりと顔を出した。 「ちょっと気になることがあってさ、聞いてもいい?」  顔を出してくれて嬉しいと言いながら伊吹は話を続ける。優しく頭を撫でてくれる手はそのまま俺の頬に下がる。伊吹の手は不思議と心が落ち着いて心地よかった。 「最近よく店に来る翔君は、以前から知り合いだったのかな?」  胸がどきりとした──  そろそろ翔のことを言われるのは何となくわかっていた。でも伊吹の口から翔の名前が出たことに思った以上に動揺する。別に鋭い伊吹じゃなくても店での俺の態度を見れば誰でもわかること……知り合いじゃなかったらお客にあんな酷い態度は絶対にとらない。 「うん、前に一度会ってる。でもそれだけ……」  俺の頬を撫でる伊吹の手がぴたりと止まった。

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