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46 抱いてよ……
どうしても眠れなかった。
伊吹は俺の頭を抱えるようにして抱いてくれている。今日に限って妙に距離が近く感じる。頭の先に伊吹の微かな寝息がかかるのをぼんやりと感じながら俺は瞼を開けた。
「ねえ……起きてる?」
「ん? 眠れないのか?」
顔を上げずに伊吹の胸にギュッとしがみついた。眠りが浅かったのか、俺の発した小さな声にすぐに気が付き顔を覗き込んでくる。俺の声に気が付かずに伊吹が寝ていたら、俺もそのまま黙って眠るつもりでいた。
これから俺が言うことに、伊吹はどう反応するだろう……怒るかな? それともまた笑ってはぐらかすのだろうか。それならそれでも構わなかった。
「店長は何で俺にこんな風に接するの? 俺に対して欲情しないの?」
「どうした? 急に……」
以前、俺と番になってもいいと言ってくれた。そしてそれは俺が決めることで好きにしていいとも。伊吹が俺に対して好意や愛情を持ってくれているのは日々の言動で十分にわかっている。それでも全てが受動的に感じ、伊吹にとっての俺は一体何なのだろうと感じることがある。αである伊吹には、Ωの俺を自分のものにしたいという独占欲のようなものは無いのだろうか……
「眠れない……から、抱いてよ……俺のこと」
「………… 」
「それとも俺みたいなガキは無理?」
顔を上げ、伊吹の表情を確認する。意外にも伊吹は真顔で俺のことを見つめていた。いつものように笑顔で俺のことを窘めるのだろうと思っていたのに、そうではなかった。俺を見据える熱のこもった瞳から目を逸らすことができなかった。
「無理じゃないよ。理玖は俺に抱かれたい? 理玖がそうしたいのなら抱いてやる」
キスをされるギリギリのところで伊吹は囁くように俺に言った。
「………… 」
頷くのが精一杯な俺の頭を優しく撫でながら額にふわっとキスを落とす。「後悔しないか?」の問いかけに俺はもう一度頷くと、伊吹の腕からすり抜け、「シャワー浴びてくる」と伝えてひとり風呂場に向かった──
今は発情期じゃないから……伊吹を受け入れる準備が必要だった。
一年以上も前、翔と出会ったあの日に見知らぬ男と体を交わした以来誰ともセックスはしていない。勿論翔とも……
伊吹のおかげで体調も通常に戻り、定期的な発情も訪れるようになった。けれども発情時は一人で欲を鎮めていた。まるで事務的なそれに感情は伴わない。恋人と呼べるような人がいたのなら、きっと愛情を感じながら体を交わし、幸福感に満たされるのだろうと想像はつく。こんなに身近に、自分に愛情を向けてくれる人がいる。それなのにこの関係は何なのかすら俺にはわからなかった。わからなくとも居心地がいいからそのままにし甘えていた。俺の我が儘にも伊吹は文句も言わずに当たり前に接する。それに加え翔が俺の「運命」なのではと思っているのが堪らなく嫌だと思った。
伊吹が俺に対して何も求めてこないのがもどかしいと思ってしまった。
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