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49 ちょうだいよ……

「店長にとって俺の存在ってなに?」  今まで聞けそうで聞けなかったことを口にした。伊吹は狐色に焼けたトーストにスクランブルエッグを乗せながら、顔も上げずに「大切な存在」と即答する。 「守ってやりたい……幸せになってもらいたい。大切な家族のように思ってるよ」 「家族とはセックスしないよ?」  俺の言葉に伊吹はやっと顔を上げキョトンとした表情を見せた。 「はは……そうだな。でも理玖の望むことはなんでもしてやりたいって思ってしまうんだからしょうがないよ」 「欲はないの? 反対に俺は店長に何をしてやれる?」  答えは聞かなくてもわかっていた。 「ううん、何も。理玖が幸せになってくれる事が何よりも嬉しい。それだけでいい」 「……保護者かよ」 「そうだな」  楽しそうに笑いながらトーストを頬張る伊吹に思わず溜息が漏れる。想像通りの伊吹の態度にとくに嫌な気持ちになることもなく、俺もトーストを頬張った。  店には相変わらず翔が客としてやってくる。頻繁に来ることはなくなったけど、店に来ては少し俺と他愛ない会話をし、実治を指名してから帰っていく。滞在時間は他の常連客と比べても短い。以前のようにしつこく誘われることは無くなったものの、さりげなく手に触れてきたり、他の客に聞こえないくらいの小声で食事に誘ってくることもあった。  最初の苛つきはもうなくなった。冷静に他の客と変わらない接客ができていると思う。  そう……単なる客と従業員という関係なだけ。それなのに、仲睦まじく会話を楽しむ翔と実治の姿を見ると胸の奥がもやもやしてしまうのは、きっと翔がαで俺の「特別」なのかもしれないという思いがあるからだ。認めたくないのは翔のことが嫌いだということだけではなく、もしそうじゃなかったとしたら、この俺の僅かな思いが虚しいだけだという現実を突きつけられてしまうから。今までずっと俺に愛情を向けてくれていた伊吹が相手だったら、何も考えることなく素直になれただろうに……  そんな狡い考えばかりしてしまう自分も、翔以上に大嫌いだ── 「ねえ、理玖さんて翔さんのことなんとも思ってないんでしょ? なら俺にちょうだいよ」  突然実治にそう言われた。 「は? ちょうだいってなんだよ……」  休憩時間は俺とは違うはずなのに、わざわざ俺に合わせて部屋に入ってきた実治はいつになく真面目な顔をしていた。  「そもそも翔は実治の客だろ? 俺に許可なんか取らなくていいし。何でそんな風に言うんだ?」 「いやだって、俺が翔さんの接客してるとめっちゃ見てくるじゃん。何? 無自覚だった? ヤバくね?」 「………… 」  この前のことから、実治から薄らと敵対心のようなものを感じていた。気のせいかとも思っていたけどやっぱりそうではなかったと納得する。贔屓の客が俺に対してアプローチしているのがきっと面白くないのだろう。でも心配せずとも翔は明るく愛嬌のある実治の方が好みなのだ。 「ごめん……見てるのは自覚なかった。でも実治は翔とは相性も良さそうだし、一々俺に言ってこなくても……」 「何だよそれ! 自分はΩだから余裕ってか?」  いきなり声を荒らげる実治に驚いて何も言えなかった。怒りの表情を隠しもせず俺を睨みつける様子に言葉が出ない。何が実治の逆鱗に触れたのかわからなかった。でも俺がΩだということは実治にもバレていたのだとわかり、少しショックだった。

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